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From:磐田「物議を醸す。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/10/01 00:00

From:磐田「物議を醸す。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

Jリーグの優勝争いにかかわる一戦で、微妙な判定があった。

現場のファンは少し騒いだが、騒動はそれでおしまい。

サッカーは議論があってこそ盛り上がるのだが、日本人には合わないのか……。

 まさか10年ぶりってことはないけれど、最後に訪れたのはいつ以来だろうか。いずれにしろ、磐田のヤマハスタジアムへは、ずいぶんご無沙汰していた。いっぽうで、スタジアムの姿には、一切と言っていいほど変化は見られない。スタンドのどこにも手が加えられた形跡が見当たらない。良いような悪いような。10年一日のごとく……とはこのことか。

 このスタジアムでは10年前、滅多に見られない対戦が行われた。ジュビロ磐田対日本代表。フランスW杯アジア最終予選が始まる5日前、すなわち、97年9月2日のことである。

 結果は1−0。勝利したのは日本代表ではなく、ジュビロだった。当時、チームの中心だったドゥンガもいなければ、名波も日本代表側にいたのでいない。代表から漏れた藤田俊哉も、前半でピッチを退くなど、1軍半的なメンバーを送り出したジュビロに対して、加茂ジャパンは手を焼き、屈した。

 怪我の大事を取り、前半で退いたカズは、終盤たまらずベンチを飛び出し、ピッチ脇から大声で全軍に檄を飛ばしていた。加茂監督をさしおいてだ。その後に繰り広げられたドタバタ劇を暗示するかのような、当時の日本代表を象徴する光景だった。

 いっぽうにおいて、取材する側には熱気がムンムン漲っていた。今とは比べようもないほどに。例えば、最終予選の3戦目で、韓国に1−2で敗れた後の記者会見では、壇上に座る加茂監督に向け、こんな質問が投げかけられた。「監督、進退伺いを出すつもりはありませんか」。

 もちろん僕ではありませんよ。質問の主は、今でもしょっちゅう顔をつきあわす馴染みの編集者なのだけれど、代表監督に向かって、その後そこまで威勢の良い質問が投げかけられたためしはない。

 眺めの良いヤマハスタジアムの記者席に腰を下ろすと、10年前の思い出が途端に蘇ってくるのだった。

 僕が「オシムサッカーに異議あり!」と言うのも、そこら辺の事情と深い関係がある。波風が立たない世の中は健康的ではない。バランスも悪いし、居心地も悪い。もっと言えば面白くない。誰も言わないのなら……。議論が巻き起こってこそ、この世界は盛り上がる、エンターテインメント性は上昇するとの思いが、多分に含まれている。

 それはともかく、目の前で行われたジュビロ対ガンバ戦にも、本来メディアがもっと大騒ぎしなければいけない重大な問題が発生した。

 試合は0−1でリードされていたガンバが、ロスタイムに入り同点に追いつき1−1。土壇場を迎え、ガンバの猛攻はさらに加速した。問題のシーンはそこで起きた。遠藤保仁がペナルティエリアで倒されたのだ。誰がどう見てもPK。ここで取らなければ、いつ取るんだ。そう思ったのは、転倒シーンを目の前で目撃したガンバサポーターだけではないはずだ。ところが、村上主審の笛はなし。首位レッズとの差は6に開いた。

 PKを得て、逆転勝ちを収めていれば、レッズとの差は4。まさに、優勝争いに重大な影響を与える、物議を醸しそうな判定だった。その事実が、全国のサッカーファンに、メディアを通してどこまで伝わっただろうか。

 この件に関しては、「世界基準」という物差しを躊躇なく当てたくなる。日本ほど、黙認を貫く国も珍しい。欧州ならば、スポーツ紙の一面を飾っていたに違いない。テレビでは問題のシーンを、嫌と言うほど繰り返し流されていたに違いない。騒動は必至だろう。

 だからサッカーは盛り上がる。世界で圧倒的な人気を誇る秘密はそこにある。騒動を肥やしに、サッカーはここまで発展を遂げてきたのだ。間違っても、国内リーグ優勝を左右する判定に「微妙ですね」は許されない。

 記者席の後方で、ラジオ中継の解説を務めていたガンバOBの某氏は、そこでどんな台詞を吐いたのだろうか。とても気になる。

 試合後、怒ったガンバの一部サポーターが、審判団を乗せた車に詰め寄ったため、一瞬、現場は騒然としたムードに包まれた。当然といえば当然の騒ぎが発生したわけだが、悲しいかな、ガンバファンの怒りを代弁してくれるメディアはない。彼らに溜飲を下げる機会は与えられていないのだ。この試合も、ガンバが勝てなかった事実の方が、判定より遥かに大きく伝わるのだ。残念ながら、ここは日本。サッカーと日本の風土とは、決して好ましい関係にない。

 思いのほか淡々としていたのは試合後の西野監督。判定についてだけでなく、浦和レッズとの差が6に開いたことについても、さほど落胆した様子ではなかった。最近、勝てない原因について記者から突っ込まれても、むしろ「サッカーの内容そのものはそれほど悪くない。ガンバらしさは出ている」と、誇らしげに胸を張った。

 たとえ優勝を逃しても、誇れるものは別にあるといわんばかりの姿勢には、好感を抱かずにはいられない。この試合も、ジュビロに先制点を奪われる苦しい展開だったが、内容的には悪くなかった。自慢のパスワークは冴えていた。見た目にも鮮やかで美しかった。ガンバのサッカーは、首位のレッズより、少なくとも僕の性にはマッチしている。

「良いサッカーをしても勝てないとき、欧州のチームはどうしてるんですか」と、ミックスゾーンで、ガンバのある選手から聞き返されたので、僕はこう答えた。「このままで大丈夫。そのうち運が巡ってくる」。監督の采配、すなわちメンバーチェンジも悪くないわけで。

 そういう意味では、オシムジャパンより上かもしれない。西野サンでも、オシムぐらいのことはできちゃうんじゃないだろうか。ガンバ対日本代表を見てみたい気に誘われる。加地と遠藤がガンバ側にいれば、その勝利は堅い。

 と、少々ここで僕が、ガンバをヨイショしたところで、サポーターの怒りは鎮まるはずはない。しかし、良いサッカーをしていることは間違いない。2着でも、その点に人一倍プライドを持って臨めば、次回は、ラッキーなPKを、主審から頂戴できるかもしれない。僕も、大人しいメディアの一員であるが、天の配剤というヤツに、この際、目一杯期待を寄せることにしたい。

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