リーガ・エスパニョーラの愉楽BACK NUMBER
中村俊輔を守ってくれたハルケ。
その急逝がリーガに与えた影響。
text by
中嶋亨Toru Nakajima
photograph byGetty Images
posted2009/08/30 08:00
8月11日に新スタジアム「コルネジャ=エル・プラット」で行われたダニエル・ハルケ選手の追悼式。一日中、途切れることなく訪れたサポーターは5万人に達した
心臓疾患に見て見ぬをふりをする風潮が問題なのだ。
だが、それに医療技術が追いついていないというのはどうだろうか。
スペイン1部リーグのフットサルチーム、カステジョンで主将を務めながらも、心臓疾患が見つかって現役を引退した選手がいる。彼の名前はホセ・マヌエルといい、テュラムやデラレッドらを診断したバルセロナの病院で検査を受けてきた。
結局、彼は生命の危機と引き換えにプレーすることを選択せず、現役を引退したのだが、医療技術のレベルが低いという一部のスペインメディアの報じ方については反論する。
「メディアの医療技術が追いついていないという報じ方はおかしい。心臓が悲鳴を上げてしまえば、医療スタッフにはAEDで心臓を動かすための努力しかできない。一度止まった心臓を再び動かすことを彼らに求めるのは、彼らに神になれと言うようなものだ。重要なのは、前もって心臓疾患を見つけられるかどうかだ。実際に私はそのおかげで今も生きている。
私はスペインでも最先端の技術を持つ医療施設で検査を受けることができたが、彼らはかなりの確率で心臓疾患を前もって見つけることができるとわかった。例えば、テュラムの場合はバルサが契約する前から心臓に問題があることはわかっていた。それでも、バルサはテュラムと契約し、テュラム自身もプレーすることを選んだ。移籍によって動くお金の大きさや、選手自身のプレーしたいという気持ちは、時に生命を失うという本当に恐ろしいことを忘れさせてしまうのかもしれない」
セビージャのプエルタは亡くなる前から、ロッカールームで意識を失うことがあり、心臓に問題があることもわかっていた。しかし、彼もテュラム同様に自らOKを出してプレーすることを選んだ。
また、ハルケも心臓にわずかな異常があることがわかっていたという情報もある。キャリアの晩年を迎えていたテュラムはバルサとの契約途中で改めて生命の危機を感じて引退を決意したが、プエルタやハルケはまさにこれから選手として偉大なキャリアを迎えようという年齢だった。九死に一生を得たデラレッドでさえ、またプレーすることを望んで検査を続けている。
選手のサッカー人生を見据えたケアが急ぎ求められる。
自ら引退を決意したホセ・マヌエルは「私は引退を“選べた”」と言った。そして、「もしも、自分がレアル・マドリーやバルセロナやスペイン代表選手だったら、引退を“選べなかった”かもしれない。何故なら、心臓が絶対に止まるとは限らないのだから」とも言った。
自分の才能を磨いた末に、高額な給料と世界最高レベルにいるという誇りを実感できる環境を勝ち取った選手たちが“心臓が止まるかもしれない”と言われても、プレーし続けようとするのは当然なのかもしれない。だが、一度心臓が悲鳴を上げてしまえば、本人にも医療スタッフにもどうすることもできなくなってしまう。
相次いだ悲劇によって、スペインでは心臓疾患が見つかった選手が“引退を選択できる”環境を整えようとする動きが始まった。選手組合とクラブ、そしてサッカー協会は心臓疾患が見つかった選手のその後の生活を保障したり、クラブに居場所を作ろうというアイデアを出し始めている。
(取材協力 ラミロ・マルティン・リャノス/cooperation by Ramiro Martin Llanos)