プロ野球偏愛月報BACK NUMBER
一場事件が引き起こした衝撃。
text by
小関順二Junji Koseki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2004/09/06 00:00
テレビで竹中平蔵・金融相がプロ野球再編問題でこんなことを言ったらしい。
「一度、10球団くらいに減らし、たとえば2年経ったら12球団に戻すというのはどうか」
8月24日のスポーツ紙には、社会人野球のシダックス監督、野村克也氏が志太勤会長にプロ参入を勧めているとの記事もあった。
面白いなあと思った。この2つとも去年から僕の耳に入っていたからだ。竹中大臣の発言は、1リーグ制移行の根回しが政界にも及んでいることを窺わせる。愛読紙がデイリースポーツで大の阪神ファンの竹中氏でも、「一度減らして再度増やす」という高等テクニックを考えつくとは思えない。政界では竹中氏が言ったようなことが当たり前のように囁かれているということだろう。
大企業と政治は切っても切り離せないので、1リーグ制を渋るオーナーがいたら政治家に登場を願い、言い含めてもらう。それくらいの魂胆ではないか。政治家と縁の深い、巨人元オーナーの考えそうなことである。
また「一度減らして再度増やす」という狙いはこういう理由からである。減らすのは親会社の経営状態が悪い球団。そういう球団は、FA権を取得していない選手でもポスティングシステムを使ってアメリカに売り払う危険性がある。それはアメリカの市場介入に対抗する日本球界にとっては裏切り行為。だから、そういう球団にはお引き取り願い、新たに資金力のある企業に参入を促す。それが、竹中氏が言った真意である。
もちろん、どんな立派な大義名分があっても、1分1秒たりとも球団もリーグも減らしてはいけない。それは大げさでなく、自殺行為だからである。
シダックスのプロ参入は、テレビマンから昨年夏に聞いた。「韓国や中国へのビジネス展開を考えているらしいから、シダックスのダイエー買収はメリットがありますよ」、そんな話だったように記憶している。
竹中氏の話は1リーグ制への移行、シダックスの話はチーム買収だから、2リーグ制の堅持が念頭にあるはずだ。揺れ動く球界を象徴する2つの噂が同じ時期に浮上する面白さ。「1リーグか2リーグか」の決着は依然としてついていないということだろう。
ただ、1つの事件が大きな波紋を広げつつある。それは「一場事件」。自由競争枠の有力候補、明大の一場靖弘投手に巨人スカウトが「栄養費」と称した裏金200万円を渡していたというのだ。これで渡邉恒雄オーナーが辞任に追い込まれ、土井誠球団社長、三山秀昭球団代表、高山鋼市球団副代表は解任。たった1日、たった200万円で巨人首脳陣が一新されるという非常事態が発生したのである。
たった200万円と言ったが、不謹慎と思わないでほしい。実際、そう思った人は多いはずだ。球団が精算するカードを有力アマチュア選手に渡し、小遣い代わりに使わせるというのはもはや常套手段。食べ盛り、飲み盛り、オシャレ盛り、○○盛りの自由競争枠候補(高校生を除く大学、社会人)の欲求を満足させるには、200万円というお金はあまりにも少なすぎるということである。しかし、この200万円が球界を変えようとしている。
今、スポーツマスコミの間ではこんなことが囁かれている。
「来年のドラフトは完全ウェーバーで行われそうだ」
「1リーグ制にはどうやらならないようだ」
一場事件は、1リーグ騒動で巨人に反発を感じていた野球ファンを完全に怒らせた。そして、その数は渡邉元オーナーが考えていたより遥かに多かった。読売新聞の不買運動を訴えるサイトも登場し、このまま一場事件をうやむやにし、1リーグ制を推し進めれば本当に読売新聞は読者から見離される……そういう恐れが、渡邉オーナーが自ら身を退く原因になったと思っている。
否、部数が減れば渡邉氏の読売社内での立場だって危うくなる。創業者一族とは血縁・姻戚関係がなく、サラリーマンから身を立て、今の地位まで駆け上がったのが渡邉氏である。権力闘争の末の勝ち組なら、逆風が吹けばそれまでとは逆に、蹴落とされる恐れだってある。要するに失脚。動物的な勘で足元の危うさを感じたから渡邉氏は球団オーナー職を自ら辞し、その後「俺は2リーグ制論者」などとうそぶき、変節したのではないか。
もちろん、これは僕の想像である。しかし、あまりにも辞任前と現在の発言には温度差がある。渡邉氏が何を恐れ、どこに向かおうとしているのか非常に興味がある。
前でも言ったように、たった200万円が引き起こした一場事件は、当事者の一場だけではなく、球界全体の命運も左右しそうな勢いにある。一場には阪神、横浜などが食指を動かしているのでプロ入りに支障はなさそう。問題はリーグ縮小とドラフト問題である。
まだまだ油断はできない。流れを注意深く眺め、怪しい動きがあれば声を上げる。そういう行為で、これからもこれらの問題に関わっていこうと思っている。