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From:宇都宮「県名と市名。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2008/03/24 00:00

From:宇都宮「県名と市名。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

宇都宮にサッカー観戦に行った。

餃子が名物だということを知らなかったため、ちょっとしたひっかかりを感じたが、

それ以上に違和感を感じたのが、地元のJFLチームの名前だった。

 脇に座るドライバーのKは、100キロを超す巨漢。大食漢だ。しかし、彼から手渡されたグーグル・マップに、宇都宮餃子マップなるものが、ジョイントされていたのには驚いた。

 初耳だった。宇都宮が餃子の街だとは。餃子を名物に謳う街があることに、なにより驚いた。餃子と言えば、中国を即座に連想する。この間、訪れた際も、冷凍じゃなきゃ大丈夫だろうということで、何度となく食べている。焼き餃子も水餃子も事実、美味しかったわけだが、だからといって、超感動したわけではない。東京にいても、それなりのものは食べられる。安さにつられてよく出かける「原宿餃子」の味にも、僕は大きな不満は持ってない。特別マズイ餃子屋に、出くわした記憶はないのだ。

 もし美味しくない餃子屋があったら即、潰れているだろうと思えるほど、餃子は日本人の食生活に浸透している。そこで餃子の街といわれても、いまいちピンと来ないのは僕だけなのだろうか。宇都宮で食べる餃子に、スペシャルな期待は抱きにくいのである。焼きそばの街・富士宮の方がまだ、訴求力はありそうな気がする。

 日曜日、僕はいささか不可解な気持ちで、宇都宮へ向かった。何しに行ったかって? もちろんサッカー観戦に決まってます。JFLの開幕戦。栃木SC対FC琉球戦なのだ。

 しかしである。ここまで読んで、栃木と宇都宮の関係に引っかかりを感じない人はどれほどいるだろうか。

 「栃木」と言われてストレートに連想するのは、「栃木県」であり、「栃木市」だ。ところが、栃木SCの本拠地は宇都宮だ。つまり、栃木SCの栃木は、栃木市ではなく、栃木県に由来していることになる。

 サッカーのクラブ名には、県名ではなく市名が名前に組み込まれている場合が普通だ。市名ではなく県名がチーム名に組み込まれている例としては、他に愛媛FCがある。しかし愛媛県に愛媛市はない。栃木県には栃木市はあるのだ。栃木SCはそうした意味でかなり特殊なチームだといえる。

 すべての原因は、栃木県の県庁所在地が栃木市ではなく宇都宮にある点にある。宇都宮の人口は約50万人。対する栃木市は約8万人。宇都宮が県庁所在地である理由は、このことでも一目瞭然になるが、こうしたケースは、栃木以外に日本全国にどれほどあるだろうか。県名と市名が同じであるにも関わらず、県庁所在地ではない市は。

 ありました、2つだけ。山梨市と沖縄市が。しかし沖縄のFC琉球は特定の都市名ではなく「琉球」というかつての沖縄全体の呼称を使っているため、特に違和感はない。山梨のヴァンフォーレ甲府は本拠地のある都市の名前を名乗っている。つまり「栃木SC」に違和感を感じるのは、ヴァンフォーレ甲府が、甲府に本拠地を置きながら、「ヴァンフォーレ山梨」と名乗っているようなものだからだ。宇都宮SCだとすっきりするのだけど。

 だからどうしたと言われると、返答に窮するが、胸のつかえが少し下りたことは事実である。しかし、山梨市も沖縄市も栃木市も、そう大きくない町なのに(山梨市の人口はわずか4万人にも満たない)、なぜ、県名と同じ大それた名前を名乗っているのか。

 そんなことを考え始めると、スッキリしかけた頭は、ますます混乱に陥るのだった。

 餃子の街・宇都宮には、東京から多くの報道陣が駆けつけていた。知った顔もたくさんあった。FC琉球の総監督に就任したトルシエ目当てに違いない。

 だが、トルシエは栃木グリーンスタジアムには姿を現さなかった。実の弟さんが急逝したため前日、フランスに帰国したのだという。

 とはいえ、トルシエが不在でも、FC琉球は氏が日本代表時代に採用した3−4−1−2の「フラット3」で戦った。監督はジャン・ポール・ラビエ氏だが、トルシエ色は健在だった。対する柱谷兄監督率いる栃木SCの布陣は、ボックス型ではないオーソドックスな4−4−2。

 トルシエは、日本を離れた後、マルセイユの監督を務めているが、その時の布陣は4−4−2だった。当初3−4−1−2で戦ったが、フランスリーグに所属する他の19チームが4バックで戦っている現実を目の当たりにすると、彼もフラット3を放棄し、ノーマルなスタイルで戦っていた。

 なのにどうしてFC琉球では、3−4−1−2なのか。試合前から抱いていたFC琉球に対する悪い予感は、結果的に的中することになった。FC琉球のサッカーはひどく古典的だった。1−3で敗れた原因は、選手の個人能力の差だけではない。僕にはハッキリそう見えた。このままではまずいんじゃない? FC琉球の今後には、不安を感じる。

 しかし、僕は琉球人ではない。試合後、他人の心配はそこそこに切り上げ、Kと先輩カメラマン2名の計4人で、餃子の街に繰り出した。

 そして、Kの餃子マップを頼りに、宇都宮駅近くの駐車場の脇に、デカデカとした看板をぶら下げている一軒に入り、一皿に36個が載ったお好み盛りを注文した。

 結果は可もなく不可もなく。感動はゼロに近かった。少なくとも、原宿餃子の味には劣っていた。試合前に、フラッと立ち寄った、スタジアム近くのそば屋の方が、味には遥かにコクがあった。

 あるいは宇都宮にはもっと美味しい餃子の店があるのかも知れない。僕たちが、運悪く並みのお店にたまたま入っただけかもしれない。たった1軒入っただけで、看板に偽りありと言うつもりはないが、やっぱり、餃子の街には、訴求力が足りないような気がしてならない。

 ならば宇都宮は、サッカーの街で迫った方が、良いんじゃないか。柱谷兄監督率いる栃木SCは、とても良いサッカーをしているわけで……と思う次第だが、前述したとおり、栃木SCと言われても、宇都宮をイメージすることはできにくい。餃子と宇都宮と栃木SCの関係は、思いのほか厄介なのだ。スッキリした関係にはない。僕はむしろ、この日の敗者より勝者のことが気に掛かって仕方がないのである。

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