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勇気を持って、飛び降りろ!
~岡田ジャパンの静かなる闘志~ 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byTamon Matsuzono

posted2009/05/26 12:00

勇気を持って、飛び降りろ!~岡田ジャパンの静かなる闘志~<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

 岡ちゃんは、楽観視などしていない。

 キリンカップとW杯アジア最終予選のメンバー26人が発表された記者会見は、もう少しリラックスした雰囲気になるかと思いきや、岡田武史監督からそんな気配を感じることはなかった。

「勝負の世界で、もう大丈夫だと言われて覆ったことなんて何回も見てきている」

「我々はまだ何も手にしていない」

 段々と口調が熱くなっていったとき、指揮官はあるエピソードを披露した。

「北海道に解体業の社長さんの友人がいて、その人がこういう話をしてくれた。解体するときに100m以上の煙突を上から見ると、下が点に見えて怖い。そこであと20、15mぐらいのところまで降りてくると、飛び降りてもいけるような感じがするが、もちろん実際に降りたら大ケガをしてしまう。事故が起こるのはほとんど、残り15mから下なんだ、と。確かに我々は15mのところまできたかもしれないが、今できることは一歩ずつハシゴをつたって降りていくしかない」

 徒然草に出てくる「高名の木登り」の現代版のような話なのだが、要は、ゴール目前のときこそが最も危ない、とか、遠い先を考えるよりも目先の1試合に集中しよう、ということなのだろう。

最後の一段、勇気を持って飛び降りよう!

 岡田監督からこの話を聞くのは、初めてではない。

 横浜F・マリノスの監督に就任した1年目、2003年のファーストステージ。激しい優勝争いのなかで首位に立って勢いが加速したときに、岡田は敢えてこの話を例に引いて“引き締め”を図っている。

 当時、スポーツ新聞でマリノスの番記者だった私には、選手たちがあまり優勝を意識していなかった、との記憶がある。昔の取材ノートを引っ張り出して調べても「1試合、1試合を大事に」という反応ばかりが記されてあった。ラスト5試合を全勝し、2位ジュビロ磐田を勝ち点差1で振り切ってのステージ優勝。指揮官の“引き締め策”は奏功したと言えるだろう。

 優勝の懸かるこの最終節のヴィッセル神戸戦で、岡田は選手に向かってこう話している。

「きょうのゲームは、ハシゴの最後の一段。勇気を持って、しっかりと飛び降りよう」

 ハシゴから飛び降りて地面に着地するときは、逆に慎重になりすぎてもダメなのだ。虎穴に入らずんば、虎子を得ず。「勇気を持って」の意味は「もっとリスクを冒せ」とも受け取れた。

逃げ腰は許さない。最後まで徹底的に攻めていけ!

 実際、神戸戦の前半は消極的に戦ったために0-0で折り返すことになり、ハーフタイムに入ると岡田は顔を真っ赤にしたものだ。

「オレは引き分けで優勝を逃がすぐらいなら、闘って負けて優勝を逃がしたほうがいい!」

 指揮官の言葉にチームは奮い立ち、アグレッシブな攻撃で押し込んだ末に3ゴールをもぎ取ったのである。

 代表に話を戻そう。最終予選の前哨戦としてキリンカップが控えている。まずもって指揮官は大ケガをしないように、チームに楽観的なムードを1ミリでも芽生えさせることなく、ピリピリとした緊張感のある雰囲気づくりとを、考えているに違いない。

 そして、「勇気を持って」ハシゴから飛び降りるときは必ずやってくる。決して派手ではないかもしれないが、岡田はしっかり着地するための術を持っている。

岡田武史
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