MLB Column from USABACK NUMBER

「ジンクスする」 

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李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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photograph byGettyimages/AFLO

posted2004/11/02 00:00

「ジンクスする」<Number Web> photograph by Gettyimages/AFLO

 英語の「ジンクス」は日本語の「縁起をかつぐ」よりも意味が広い言葉である。特に、「ジンクスする」と動詞で使われる用法は日本ではなじみが薄い使い方で、「せっかく物事がうまくいっているときに、そのことに言及したり、早まって喜んだりすることで悪運を呼ぶこと」という意味で使われる。

 例えば、2002年のワールドシリーズ第6戦、エンジェルス相手に5対0とジャイアンツがリードした7回裏1死、優勝まであと8人というところで、ベーカー監督は、先発のオーティスを引っ込めた。その際、ベーカーは、「ワールドシリーズ優勝試合の勝利投手になった記念」とばかりに、マウンドから去るオーティスにゲームボールを手渡した。ベーカー始めジャイアンツの誰もが「もう勝った」と思いこんでいたことを示すシーンだったが、結局ベーカーの早まった「お祝い」がジャイアンツを「ジンクスする」結果となり、その後エンジェルスの奇跡的逆転を呼んでしまった。

 「ジンクスしない」よう気を付けるのは選手や監督だけではない。大事なところで「ジンクスしてはいけない」と言動に気を配るのはファンも同じである。たとえば、今年のレッドソックスは86年振りのワールドシリーズ優勝を果たしたが、カージナルスに3連勝して絶対有利と見られる状況になっても、「これで勝った」とか「勝った後のお祝いをどうしようか」と口にすることははばかられたのであり、そのことはわが家でも変わらなかった。

 特に、昨年のヤンキース相手のリーグ選手権第7戦、3点リードしてあとアウト5つという状況で、我が一家はレッドソックスを「ジンクスした」前科があるだけに今年は一層気をつけた。「ワールドシリーズに勝ったら犬を買ってやる」と娘に約束していたのだが、私と娘は、ヤンキースに勝てばワールドシリーズに勝ったも同然と、「誰が犬の名をつけるか」という口論を始め、これ以上はないという完璧なやり方でレッドソックスを「ジンクス」してしまった。

 この試合、ブーンのサヨナラ本塁打でレッドソックスが劇的逆転負けを喫したことは読者もご記憶の通りであるが、そんな前科があるだけに、今年は神経質なほど「ジンクスしない」よう、気を配ることになったのである。「勝ったら」などという言葉は勿論禁句、「犬を買う約束」などこの世に存在しないかのように、私も娘も「イヌのイの字」も言わずに10月ひと月を頑張ったのである。

 その甲斐あって、レッドソックスは、ヤンキースに3連敗後4連勝の奇跡的逆転勝ち、カージナルスにも4連勝して86年振りのワールドシリーズ優勝を達成、私たち一家も「今年は優勝に貢献できた」と充足感に浸っている次第である。

 読者は、そんな大げさなと思われるかも知れないが、ひとたび「ジンクスする」罪を犯した者は、死んだ後もそのことを非難され続けるので注意が必要だ。例えば、レッドソックス・ファンのブログ・サイトに、リーグ選手戦第7戦直前「・・・のために勝って欲しい」というコーナーが設けられ、ワールドシリーズ優勝が決定するまでのわずか8日の間に、「優勝を見ずに世を去った家族・友人」に対する思いを綴ったファンからのメッセージが1000以上寄せられたが、その最後のメッセージは次のようなものだった。

 「私の父はカート・シリングのトレードに大喜びしたのも束の間、2月に亡くなってしまった。(レッドソックスの優勝を見届けることはできなかったが、)これで安らかに眠ることができるだろう。ところで、私は、父がいつもレッドソックスを『ジンクスしている』のではないかと疑ってきた。死んだ途端に優勝したところを見ると、私の疑いは正しかったようだ」。

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