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フリーダイバー・篠宮龍三が見た、水深107mの“グラン・ブルー”。~脅威の日本新記録達成!~ 

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戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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photograph byIkuko Noda

posted2009/12/16 10:30

フリーダイバー・篠宮龍三が見た、水深107mの“グラン・ブルー”。~脅威の日本新記録達成!~<Number Web> photograph by Ikuko Noda

日本新記録107メートルを樹立した瞬間。日本人で初めてジャック・マイヨールを超えた男となった

「水のなかに潜っているほうが、僕は楽なんです」

 フリーダイビングには、8つの種目がある。水中で静止し、閉息(呼吸を止めた状態)時間を競うスタティックや、閉息したまま水平に潜水する距離を競うダイナミックなどだ。

 篠宮がジャックのフォロワーとして追いかけてきたのは、「コンスタント・ウェイト・ウィズ・フィン」という種目だ。あらかじめ申告した距離へ脚力のみで潜行し、ガイドロープにマーキングされたタグを取って浮上する。両足をひとつのフィンに収め、全身をしならせながら深海を目ざしていく。

 ロープはあくまでも進路の目安であり、潜行や浮上の助けとして触ることはできない。

 恐怖はある。不安もある。負の感情は決して消えることがない。ボトムでパニックになり、浮上の途中で意識が飛んでしまったこともある。酸欠状態で仲間に辛うじて助けられた経験がトラウマとなり、2年ほどスランプに陥った。

 それでも、競技を辞めようと思ったことはないという。一度たりとも。

「パニックになる臨界点を超えないようにすることが大事で、自分をコントロールできればある程度の恐怖は問題ありません。大切なのは心と身体をコントロールすること、己と海をひとつにして、恐怖をコントロールすることですね」

 それに、と篠宮は続ける。

「水のなかに潜っているほうが、僕は楽なんです。生活をしていると、様々な欲求に駆られますよね。食欲や睡眠欲に。呼吸も生理的な欲求のひとつなんですが、そこから解放されて、『あ、呼吸をしなくてもよくなったんだ』と思うと、気持ちが楽になっていくんですよ」

 フリーダイバーならでの感覚と言うのは簡単だ。しかし、笑顔で語られる“解放の境地”は、海中と陸上での膨大なトレーニングを土台としている。記録への挑戦は、いつでも生命の危機と背中合わせなのである。

予選敗退翌日のミニ大会で107メートルのジャック越えに成功!

 バハマでの世界選手権に臨む篠宮には、二つの目標があった。ジャックが残した105メートルの記録を超えることと、メダルの獲得である。ジャックの記録には4月の大会ですでに肩を並べており、105メートル超えとなれば日本新、アジア新となる。

 24人が出場した予選で、篠宮は決勝進出の6人に残ることができなかった。一発勝負の予選は海のコンディションに左右され、直前に潜る選手のパフォーマンスも微妙に影響してくる。バハマ入り後のトレーニングが実りあるものだっただけに、予選敗退は悔いが残るものだった。

 記録更新のニュースは、翌日に行なわれたミニ大会で発信された。107メートルの記録を樹立したのだ。未知の領域に、篠宮は足を踏み入れた。

「とても静かで穏やかなところでした。完璧な静寂と真の闇。ボトムプレートへ到達して浮上までの間は、どこかスローモーションを見ているようでもありました」

【次ページ】 「ジャックさんが訪れたグラン・ブルーのその先へ」

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