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ミルコ・クロコップ「敗戦の真相と復活の可能性」
text by
高島学Manabu Takashima
posted2007/06/28 00:00
「いつだって、タフだよ。彼がとても強いファイターであることは変わりない。とんでもない実力とポテンシャルの持ち主さ。正しいトレーニングさえできていればね」
UFCにおけるミルコ・クロコップの実力について、ジョシュ・バーネットに尋ねるとこのような答が返ってきた。
PRIDE無差別級GP王者は、昨年12月30日にUFC移籍を正式に発表。2月3日のUFCデビュー戦では、エディ・サンチェスを相手に1R4分33秒TKO勝ちを収めた。
8戦8勝というリザルトを引っ下げて、ミルコと対戦したサンチェスだが、終始オクタゴンのケージ付近を左へ左へと回り続ける消極的な姿勢しか示さず、最後はパウンドの連打を受けTKOで敗れた。
寝技の打撃で仕留めたことで、ミルコの新しい可能性を見いだしたという好意的な見方が大勢を占めた試合ともなった。
そして迎えたUFC第2戦、4月20日に英マンチェスターで行なわれたガブリエル・“ナパオン”・ゴンザガ戦で、ミルコは右ハイキックを顔面に受け、衝撃的なKO負けを喫した。
この試合でミルコは、ミドルを放ったところで蹴り足をキャッチされ、テイクダウンを許す。ここでボディと顔面へエルボーを受け続け、ケージ際に追い込まれた。レフェリーのハーブ・ディーンがブレイクを命じ、両者の闘いはスタンドへ戻ったが、直後にミルコは右ハイを顔面に受けることとなった。
UFCでの戦績、2戦で1勝1敗。
彼がUFC移籍を発表した時点で、ビッグファイトを控えたウォーミングアップととれる試合で、KO負けをすることを一体誰が予想できただろうか。
今回、冒頭のジョシュ・バーネットを初め、UFC世界ヘビー級王者に輝いたことがある4選手に、「ミルコ・クロコップは、今後UFCで成功を収めることができるだろうか?」という質問に答えてもらった。
実際のところ、ミルコの能力に疑いを持つような質問を、UFCデビューからわずか3カ月後にすることになろうとは、思いもしなかった。
ただし、現時点でのミルコの能力、そして今後の彼の可能性をUFCヘビー級トップファイターに尋ねることは、ミルコ・クロコップという格闘技界を代表する巨大な存在から、ゴンザガ戦の敗北という1ピースだけを抜き取って、その実力に疑義を呈するという、後出しジャンケン的な行為でしかないことは承知の上だ。
バーネットの他に、ミルコについて語ってくれたのは、アンドレイ・オルロフスキー、ティム・シルビア、ランディ・クートゥアーである。ちなみに3人は名前の並んでいる順番でUFC世界ヘビー級王座に就いている。
ミルコがゴンザガに敗れたことを受けて、エルボー攻撃がハイキックの引き金になったという意見が盛んに上がっている。シルビアも「ミルコは、エルボー対策をしっかりしないといけないね。エルボーの有無はMMAを違う競技にしてしまうから」と言っている。
しかし、エルボー対策が必要というのは、単にエルボーをもらわないということに留まらない。ミルコが寝技で下のポジションになったとき全般にいえることだが、要はミルコのガードポジションに問題があったということである。
あの両足でゴンザガのボディに絡み、背中で足を組むクローズド・ガードでは、今回指摘を受けたエルボーばかりか、パウンドも防ぐことは出来ないだろう。
クローズド・ガードを取るならば、もっと背筋を伸ばし、相手と自分の距離を最大限に作る。もしくは頭を起こして、ゴンザガの両の上腕辺り、いわゆるカンヌキと呼ばれる、両方の腕で外側から巻きつける方法で固定し、完全に距離を潰すことが必要だった。ミルコは、そのどちらでもない非常に中途半端な距離にいたのでエルボーだけでなく、右のパウンドも3連続で受けている。
ただ、距離を作る、距離を潰す、どちらのクローズド・ガードにしても、その後の展開を作れないと、最終的には中途半端な距離となり、打撃の餌食になってしまう。
距離を潰した場合は、とにかくそのまま力を使い続け、相手が動けない状態にする。そうすると、いまのMMAではレフェリーがブレイクを宣言し、立ち技の状態に戻れる。
一方、距離を取った場合は、これはもう何通りものパターンがある。だからこそ、それらの技術を実戦で使うには、付け焼刃でなく、時間をかけて、柔術でもサブミッション・グラップリングでも構わないので、ガードワークを身につけるしかない。
一ついえることは、不完全ながらクローズド・ガードを取ったことは現時点のミルコの持つ多くはない選択肢の中で正しかったということだ。足を相手の体に巻きつけないオープンガードの態勢をとり、足を使ってゴンザガの動きを制しにかかっていれば、柔術黒帯のゴンザガに簡単にパスガードを許しただろう。
「リングの経験が長くて、オクタゴンで闘うことに慣れていない」と断言したのは、無類のハードパンチャーでありながら、アキレス腱固めなどサンボの技術も使いこなすオルロフスキーだ。
これは前述したガード・ポジションを取る際にも当てはまり、また簡単に許したテイクダウンの防御にもいえることだ。ケージを使えば、リングと違う防御方法がある。
ただ、オクタゴンでの闘い方に関して、ミルコが最も克服しなければならない点は、スタンドでの距離の取り方に尽きる。UFCデビュー戦で、左へ回り続けるサンチェスにカウンターこそヒットさせていたが、自ら攻める場合には、追いきれていなかった。そのために、左ハイの精度が低くなっていた。
上体を立てたアップライトの構えで、小刻みに足を使うわけでもないミルコの打撃フォームは、リングよりずっと広く、また90度角のコーナーを持たないケージで闘うには、それほど向いていないことは確かだろう。追い足という部分での矯正に時間が掛かるようであれば、抜群のカウンターのセンスを活かすために、リスクは増すが、頭を振って正面からの打ち合いも必要かもしれない。
ともあれ、ゴンザガ戦で敗北したミルコのための“UFC攻略、その傾向と対策”だが、忘れてならないのはゴンザガの強さだ。ミルコを相手に、左前方へ踏み込みながら、右ストレートを打ち込んでいたが、少しでも恐怖を感じれば、あの一歩は出るものでない。フィニッシュも、右ストレートの踏み込みと同じ要領で体をいれながら、拳ではなくハイキックを見舞っていった。
「思いもしない試合で負けることは、誰の身にも起きることだよ。経験を積めば解決できる。ミルコ・クロコップがとても危険なストライカーで、グレートファイターであることは変わりない」
クートゥアーが言うように、ミルコ・ブランドの下落を危惧するのはともかくとして、その能力を疑うのならば、ゴンザガの強さを称えるべき、そういう試合であった。
デビュー戦のように課題が勝利でかき消されるよりも、UFCの頂点に立つためにはゴンザガ戦の敗北は有効であったように思う。
ズッファ社のタレント・リレーションの責任者であるジョー・シルバ、平たくいえばスカウト部長は、期待を込めてこう語る。
「UFCの経験を持つ選手を陣営に引き入れ、オクタゴンとエルボーを知ることで、ミルコの武器がもっと活かされる」
修正点を洗い出し、長所を活かすスタイルにアジャストできれば、すぐにでもミルコ・クロコップの猛々しい姿を、オクタゴンの中で見られることになるだろう。