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「大一番」の真相。 

text by

戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

PROFILE

posted2004/11/04 10:13

 運命の一日の終わりを告げるホイッスルが鳴ると、もはや見慣れた光景がフィールドに描かれた。白と青のユニフォームはハイタッチと抱擁を繰り返し、赤いユニフォームはフィールドに散らばったまましばらく動けない。

 違ったのはそのあとである。埼玉でも重慶でも、オマーンは悔しさをあらわにしたものだった。ところがこの日は、天を仰ぐか俯くばかりだった。ロスタイムが短いじゃないか、と主審に抗議する選手もいない。わずかな拍手が降り注ぐなかを、重い身体を引きずるようにロッカールームへ引きあげていく。

 沈黙が意味するものは、降伏だった。

 勝利が絶対条件のオマーンは、序盤から猛烈な勢いで襲いかかってきた。1分、3分、5分と立て続けにスタンドが沸く。日本は自陣からなかなか脱出できない時間が続いた。

 アウェーゲームの難しさは、スタンドの盛り上がりに選手たちが過剰反応し、あたかも押されているような錯覚をしてしまうところにある。重慶や北京ほどではないが、序盤のムードはまさにアウェーそのものだった。

 しかし、「アジアカップでアウェーの雰囲気に慣れたのでは」と、元日本代表主将の加藤久が前々号で指摘したように、日本は相手の攻撃を冷静に受け止めていく。止めきれずにクロスを入れられる場面もあったが、ペナルティエリアとその周辺に殺到する赤いユニフォームを、決してフリーにはしなかった。

 「最初は我慢せなあかんな、というのは分かってました。押されているなかでも、バタバタはしなかったと思います」と宮本は言う。

 ディフェンスリーダーの彼は、アジアカップと直前のイラク戦のビデオをチェックし、オマーンの特徴が「ボールを奪ったあとのカウンター」にあることを再確認した。ジーコ監督との話し合いを経て、宮本は通常より深めに最終ラインを設定することにした。

 カウンターに使われるスペースを、あらかじめふさいでしまう戦い方を選んだのである。時間の経過とともにオマーンの強引なミドルシュートが目立っていくのは、日本の最終ラインの変化と無関係ではなかっただろう。

 右アウトサイドの加地亮も、過去2度の対戦から得た学習効果を強調する。オマーンの攻めに驚きはなかったことが、彼の言葉から分かるはずだ。

 「立ち上がりは苦しんだけど、15分過ぎぐらいから思い描いた戦い方ができた。危ない場面はほとんどなかったし、サイドアタックも以前に比べたら脅威に感じなかった。前はボールを奪ったら複数でしかけてくる印象があったけど、中央への攻めやロングボールが多かったし、守りやすかったかなと思う」

 MFの惜しみない労働も、守備の安定をもたらした。小野伸二と福西崇史のダブルボランチは、攻撃の起点となるフージ・バシルとアハメド・ハディドをケアしつつ、両サイドのカバーリングもこなした。「自分たちのサッカーばかりするとやられる。あっちのいいところを消して、耐えるところは耐えないと」と話していた中村は、守備の局面でもボランチと密接な関係を築いていた。

 その小さな代償として、中盤と前線の距離がいつもより遠くなってしまうが、ここで2トップが存在感を発揮する。鈴木はポストプレーで確実にファウルを誘い、高原は敵陣でのパスカットを決定機につなげた。狙いどおりの展開だったことを、鈴木が打ち明ける。

 「ふたりでしっかりキープして、抜けるところは抜いていこうと。それがダメならゴールに近いところでファウルをもらうとか。そういった連係がうまくいっていたと思う」

 リスタートが日本の武器だと分かっているオマーンは、中村が直接FKをセットするたびに全員が自陣へ下がった。2トップを軸としたボール回しはできなかったが、彼らの頑張りによって相手の勢いにブレーキをかけることができていたのだ。

 日本にとって「予定どおり」(中村)の0-0での折り返しは、しかし、オマーンにとっても許容範囲内だった。勝たなければ未来がない彼らだが、1点さえ取れば最低限のノルマをクリアできる。

 ただ、自分たちの長所をことごとく消されていくことで、オマーンは困惑をかくせずにいた。対戦相手の表情やしぐさから、宮本はこんな心理を感じ取っていたという。

 「この3試合のなかでは、相手の強みを一番消そうとした。で、彼らは自分たちのやりたいことができないような顔をしてましたね」

 焦りは不用意な反則を生む。中東のチームはそうした傾向が強い。しかもオマーンは若い。そして、警戒すべき後半立ち上がりが過ぎたところで、彼らは致命的なミスを犯す。

 51分、中盤左サイドへ引いた鈴木の足を、サイード・アシューンが後方からかっさらう。アシューンに警告が出された直後、本当なら彼がいるはずのスペースへ中村が走り出す。

 「あれがマン・ツー・マンの悪いところで、ゾーンで守ればあんなスペースは空かない。そこをうまくつけて点につながった」

 小野の素早いリスタートを受けた中村は、「このまま蹴ったらDFの足にあたる」という瞬間的な判断でキックフェイントをひとつ入れ、マーカーをほんのわずかに振り切ってクロスを供給した。流れる視界に「チラッ」と鈴木をとらえたうえでの、「フワッとしたボール」である。

 ファーサイドへ回り込んだ鈴木は、DFの背後から強烈なヘディングシュートを浴びせた。アルゼンチン戦から3試合連続得点のゴールスコアラーは、「あの時間帯はオマーンが前がかりになっていて、いくらかスペースをくれるようになっていた」と、ゴール前のポジションを確信的に探し当てていた。

(以下、Number614号へ)

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