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青木真也、ついに夢を背負って立つ。 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph byKotaro Akiyama

posted2008/05/15 17:30

青木真也、ついに夢を背負って立つ。<Number Web> photograph by Kotaro Akiyama

カルバンのハングリーさと青木の我慢強さ。

 決戦5日前、青木は新宿中央公園で記者会見を行なった。その時、雑念を取り払うという意味で、座禅を組んだ。活を入れる役はDEEPの佐伯繁代表だ。すべて青木のアイディアだったという。傍らで熟睡するホームレスを見ながら青木は呟いた。

 「カルバンに負けたら、俺も公園に寝泊まりするようになるのかな」

 薄曇りの午後だった。青々と生い茂る木々を見ながら、青木は言葉を続けた。

 「カルバンって、こういうジャングルみたいなところに住んでそうなんですよね」

 ややもすると悪ふざけで終わりそうな公開座禅だったが、どんなプレッシャーにも負けないための、青木なりの決意表明のようなものだったのだろう。座禅後の質疑応答で、青木はいくつか印象に残る言葉を残している。

 「4月29日以降の予定は手帳に何ひとつ書いていません」

 試合後のことは、今は何も考えられない。カルバンとの決着をつけなければ、何も始まらないと思った。昨年大晦日以来、青木の時間は止まっていた。

 そんな青木から見て想像以上だったのは、カルバンの精神的なタフさだった。

 「元気ィ?」

 再戦前日の計量時、青木を見つけるや、カルバンは笑顔で近づき握手を求めてきた。青木は一応は握手に応じたが、カルバンの目を見るなり、「コイツはハンパじゃない」とあらためて思ったという。まったく平静を保っていたことに加え、その目の奥に翌日の勝負への闘志を見て取ったからだ。

 「完全に駆け引きですよ、駆け引き。カルバンのハングリーさを感じましたね。自分も気持ちを悟られないように、気合を込めて握り返しました。アイツは本当にいいメンタリティをしていますよ」

 この時、初対決前のルールミーティングでカルバンが執拗に立てヒジについて質問していたことも青木は思い出したという。狙っていた打点はともかく、立てヒジそのものは偶発的に出されたものではない。少なくともカルバンが、その使用を事前に考えていたことは明らかだった。

 「今回はDREAMライト級GP一回戦の再戦ではなく、純然たるワンマッチの決闘だ」

 青木はそう考えた。

 その日、青木は知人から激励メールをもらった。

 「絶対勝てるから」

 「お前は俺たちの誇りだ」

 思わず泣きそうになったが、試合前に泣いてはダメだと思って必死にこらえた。その代わり、明日の試合に集中しようと努めた。前回とは変わって、最初から掴んで勝負していこう。青木は自分で作戦を立てたが、作戦以上に、何より“我慢”だった。

 「たしかにハングリーさではカルバンが上かもしれないけど、自分の方が我慢強いという絶対の自信があった」

 はたして、試合での青木の忍耐力はカルバンの集中力をはるかに凌駕した。あの会見の「勝ちたいではなく、勝ってみせる」の言葉通り、その意志の強さを証明してみせたのだ。

 決戦の翌日、青木はいつもの陽気さを取り戻していた。これまで呑み込んできたものを一気に吐き出すように、明るいテンポで試合を振り返って話し始めた。

 「ぶっちゃけ、いい試合でしたよね。インタビュースペースに行った時には、本当に気持ち良かったですね。記者の皆さん、何でも聞いてくださいという感じでした」

 試合開始早々、意表を突くようにカルバンが組み付いてきてもあわてることはなかった。

 「きっと僕のことをナメていたんでしょうね。テイクダウンを奪って、パウンドで一気に片づけようと思ったんじゃないですか」

 実際、青木はそのパウンドを受けて気を失いかけた。

 「あのパウンドはすごいですよ。おそらくカルバンはB・J・ペンと同じくらいのレベルにいるんじゃないかな。今でもちょっと頭がぼんやりとしているんですよね」

 大方の予想を覆した快勝について、青木は他人事のような話し方をした。

 「いろいろな相手との試合映像を見たけど、カルバンって難攻不落で、誰も勝てないという感じだった。そのカルバンが途中で弱気になっていた。それってすごいことですよね」

 三度目の正直でようやく乗り越えた高き壁。その過程で青木は新たな夢を掴んだ。試合から数日後、青木は久しぶりに手帳を開き、2回戦のスケジュールを書き入れた。

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