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青木真也、ついに夢を背負って立つ。 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph byKotaro Akiyama

posted2008/05/15 17:30

青木真也、ついに夢を背負って立つ。<Number Web> photograph by Kotaro Akiyama

カルバンとの初戦で恐怖心は抱かなかった。

 そもそも、なぜ青木が逃げたというふうに見られたかといえば、初戦では終始カルバンが前に出ている展開が目立っていたからだ。たしかに、前に出ている選手の方が試合のペースを握っているケースは多い。だが、青木側の見解は異なる。青木のセコンドを務めたパラエストラ東京の中井祐樹代表は「我々にとっては、さあこれからという時に試合が中断してしまった」という見方をしている。

 日本のMMAではどうしてもファイタータイプが賞賛される傾向があるが、競技が進化するにつれ、足を使って戦うボクサータイプが出現しても不思議ではない。リング全体を大きなステップでぐるぐる回っていたのは、すべて青木の作戦だった。

 「時間を稼ごうと、少なくとも1Rめは潰そうと思っていた。ずっと自分の距離で戦えていたように思うんですけどね」

 青木は終始、自分のミドルキックが当たる距離を保ちながら戦っていた。その中でカルバンも「同じ人間だと感じた」という。

 「みんな口を揃えてカルバンはすごいと言うけど、打撃のプレッシャーは思ったほどではなかったんですよ。そんなに恐怖心は感じなかったですね。見る人が見れば、わかってくれると思うんですけど」

 昨年大晦日の『やれんのか!』で初めて組まれたカルバンとの対戦は、相手のケガで流れた。仕切り直しとなった3月15日のDREAM旗揚げ戦は、まさかの没収試合。4月29日の再戦は三度目の正直だった。日本総合格闘技史上、4カ月という短期間に3回も同一カードが組まれた例はない。

 「こんなにも長くカルバンのことを考えることになるとは思ってなかった。過去2回については僕の責任ではないと思っているから、正直、どうこう言われても困ってしまう」

 3月15日の初対決が白黒はっきりしない結果に終わったことで、青木陣営の結束力はむしろ固くなったという。青木の練習のベースはニッポン・トップ・チーム(NTT)。東京・新宿区のDEEPジムを拠点に活動するトレーニングチームだ。メンバーは青木を筆頭にDEEPフェザー級王者の今成正和、パンクラスの北岡悟らトップクラスが集まる。期待に応えられず自己嫌悪に陥った青木に、仲間はみな手を差し伸べてくれた。

 再戦を控え、青木は練習に没頭した。練習を重ねていくことで、うまく気持ちを切り換えようとした。あえて世間に対して言い返すことはせず、この件については無言を貫き通そうと決めたという。

 「ぐだぐだ言っている選手に、ファンも夢なんて持てないじゃないですか。少なくとも僕は、どんなにつらい状況だろうが呑み込んで、ひたむきに頑張る選手に魅力を感じる。それに、自分が逆境にいるなんて思ったこともない。そう思っちゃう人って絶対に逆境を乗り越えられないですよ」

 4月5日に行なわれた柔道の全日本選抜体重別選手権で、野村忠宏の五輪4連覇の夢を打ち砕いた浅野大輔にも勇気づけられた。浅野とは柔道の強化選手だった頃からの付き合いだ。翌日、青木が「すごいね。おめでとう」とメールを送ると、浅野はこう返信してきた。

 「昨日は運が良かっただけ。4年後のロンドン五輪は絶対行く」

 この一文に青木は大きな刺激を受けた。

 「トップクラスの柔道選手ってメンタリティがハンパじゃない。今回の北京の選考でぎりぎりまで争った西田優香という女子選手がいるんですけど、彼女もあきらめないという気持ちはすごいですからね。柔道の第一線でしのぎを削っている知り合いがこれだけの緊張感を味わっているんだから、僕も頑張らなければと気持ちを引き締めました」

【次ページ】 カルバンのハングリーさと青木の我慢強さ。

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