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「八百長してやったのか?」とまで言われて…伝説の“貴乃花vs武蔵丸”「感動した!」の後、敗者・武蔵丸は苦しんだ「もう相撲をやめよう」
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byJIJI PRESS
posted2023/06/29 11:02
2001年夏場所の千秋楽、伝説の「貴乃花vs武蔵丸」
「もう一回、対戦したい。このままでは自分がダメになる。貴乃花が帰って来るまで待つんだ。心を入れ替えなきゃ」
武蔵丸もまた復活すべく、残れる気力を振り絞った。
貴乃花「あの翌日に引退会見を開けばよかった」
引退後のふたりは、お互いの深淵にあるそんな思いを、忌憚なく存分に語り合ったことがある。筆者は司会者としてその席に立ち会った。2013年10月のことだ。
◆◆◆
武蔵丸 それからはもう他の力士は目に入らない。もう貴乃花だけしか目に入らなかったんだよ。
貴乃花 僕が復帰した2002年の9月場所、千秋楽で当たって、マルちゃんのその右腕で振り回された。投げられて、そのまま土俵を出ちゃったんだ。実はこの時に引退しようかとも思っていてね。長い休場明けで、「もう一度マルちゃんと結びの一番を取ったら、そこで引退しよう」と、この時の15日間は、そういうつもりで相撲を取っていた。でも因果なもので、この負けで、また「やめられないぞ」という気持ちになってしまったけど(笑)。
武蔵丸 結果的に、これが僕の12回目の最後の優勝になった。今度は僕が入れ替わるように連続休場し、翌年の1月に(貴乃花)親方が引退しちゃった。
貴乃花 だから、これがふたりの最後の対戦になるんだよね。自分の体の限界はわかっていたから、今でもこの翌日に引退会見を開けばよかったという気持ちがある。
武蔵丸 昔は何をやっても勝てなかったな。押しても組んでもダメで、入門前から左手首が悪かったんだけど、だんだん悪くなってきてから相撲を右差しに変えた。もともと押し相撲だし、普通は引退するところなんだろうけど、「いや、まだまだできる」と思って、相撲を変えたら、それでまた流れが変わった。勝てるようになったんだな。
貴乃花 あれはマルちゃんの相撲人生の中で、稽古して身につけた本能的な技だね。腕で返してくるんじゃなくて、足腰で返してくる。1回持ち上げられたら、もうどうにもならない。なぜそれができるかって、そこを理解してほしい。昨日今日できるものじゃない。「体が大きくてパワーがあるから」と、大半の人たちは思ってるだろうけどね。僕に対しては、「師匠の息子で英才教育されているから」などと言われたけれど、ふたりとも、けしてそうじゃない。
武蔵丸 親方とやる時は、絶対に右を狙っていった。差せない場合は前みつを取ってね。
貴乃花 そうそう。あの最後の一戦で自分を見積もったんだ。自分の形になってまわしを取ったのに、攻めきれなかった。「ああ、もう自分はそろそろだな」と。マルちゃんの技術と体カを、もう前に持って行けないというのがわかった。だからある意味、マルちゃんの存在が自分の力を測るバロメーターだった。
武蔵丸 毎場所、胸を合わせた同士だから、わかることがある。親方の引退以来、正直言って燃えるものがなくなっちゃった。僕もずっとケガをだましだましやって来ていたけどそれは貴乃花という燃える相手がいたからこそだった。だから横綱になっても毎日、稽古を頑張れたんだ。「貴乃花との千秋楽の一番」という楽しみがあるからだったんだよ。
2003年1月初場所9日目、貴乃花引退。同年11月九州場所8日目、武蔵丸引退。
それぞれに相撲人生の「千秋楽」を迎えたふたりの対戦成績は、貴乃花29勝、武蔵丸の19勝。心技体は燃え尽きた。
<前編から続く>