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「八百長してやったのか?」とまで言われて…伝説の“貴乃花vs武蔵丸”「感動した!」の後、敗者・武蔵丸は苦しんだ「もう相撲をやめよう」
posted2023/06/29 11:02
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph by
JIJI PRESS
◆◆◆
「あ、貴乃花、ケガしてるんだ…」
<いよいよ優勝決定戦が始まる。その直前、貴乃花の右膝は奇跡的にうまくはまった――。>
一方の武蔵丸は、土俵上での貴乃花の一挙手一投足に、闘志が萎えてゆく。
「いつもなら『よし! やってやろう!』」と燃えるのに、『あ、貴乃花、ケガしてるんだ……』と、そればかりが気になる。どうしても、その気持ちが先に出ちゃった。だから、いつもの力が出なかった。仕切っていて、『あれ?』と思っているうちに思い切り突っ込んで来られて、ちょっと焦ってしまったんです。『仕切り直しかな』と思ったら、もうすでに遅かった。気がついた時には投げられていた――という感じだった」
この言葉の通り、決定戦は貴乃花の立ち合いだった。貴乃花の気迫に吸い込まれるように、武蔵丸が立つ。立ち合いで正面から当たったあと、右のど輪で押す貴乃花。迎え撃つ武蔵丸も右から突いて押し返す。しかし、これで体が開いてしまった武蔵丸の隙を逃さなかった貴乃花は、すかさず下から得意の右を差して左上手を取り、寄り立てた。かたや左上手を取れない武蔵丸。貴乃花は一気に勝負に出、上手投げで219kgの巨体を土俵上に転がした。
鬼気迫る執念の一番だった。
常日頃から、「負けた相手のことを考えて、軽はずみに喜びを表すような態度はとるな」と厳しく言い渡し“貴乃花イズム”を叩き込んでいた付け人たちが、この時ばかりは花道の奥で飛び上がり、抱き合って喜んでいた。阿修羅のようなあの一瞬の表情は、「苦労をかけた付け人たちに送ったものだった」と、後日、貴乃花はその著書で明かしている。
「八百長してやったのか?」の声まで
敗れた武蔵丸は、この一戦から「もう相撲をやめよう」と思い詰める。