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「八百長してやったのか?」とまで言われて…伝説の“貴乃花vs武蔵丸”「感動した!」の後、敗者・武蔵丸は苦しんだ「もう相撲をやめよう」
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byJIJI PRESS
posted2023/06/29 11:02
2001年夏場所の千秋楽、伝説の「貴乃花vs武蔵丸」
それは負けた悔しさだけではなかった。この日の千秋楽打ち上げパーティの席で、「マルは優しいから」「相手があれじゃ、とてもじゃないけど力を出せないよな」などと口々に慰められるなか、ある出席者の「わざと負けてやったんだろ。同情で八百長してやったのか?」との心無い言葉に、武蔵丸は深く傷つく。力士としての尊巌が、踏みにじられた。
上野の中華料理店「東天紅」でのパーティ後、二次会の席上で、
「マル、こっちに来なさい!」
師匠の武蔵川親方(元横綱三重ノ海)が声を荒げ、武蔵丸を傍らに呼び寄せた。
「横綱(貴乃花)があんな状態になってまで土俵に上がって来たのに、なんでお前はその気持ちに応えてやれないんだ! 土俵生命を賭けて闘う横綱に対して、同じ横綱として、応えてやれなかったお前が情けない!」
追い打ちを掛ける師匠の叱責に、武蔵丸は荒れた。この日の夜は死ぬほどガンガン飲んだ」という。のちに夫人となる雅美が咎めると、傍らにいたハワイの先輩である小錦に、「今日だけは飲ませてやれ」と諫められたほどだった。
「あんな貴乃花は初めて見た」
その一方で、貴乃花の22回目の優勝パレードは、それまでになく沸き返っていた。部屋のある中野新橋の沿道には人が溢れ返り、両手に花束を高く掲げて、満面の笑みで応える貴乃花の姿があった。
長らく貴乃花を見続けていた関係者は、我が目を疑ったという。
「貴乃花関が、あんなに喜びを表す姿は初めて見たんです。おそらく、その胸中には、これが最後の優勝になるかもしれない――との思いがあったのかも」
その言葉どおり、世紀の一戦の代償は、大きかった。貴乃花は膝の手術のためにパリに飛び、復活を目指しながらリハビリ生活を送り続ける。それは「7場所連続全休場」という、横綱休場ワースト記録となるほどの長い道のりとなった。
そして武蔵丸も、半年もの間、この一戦の「後遺症」に苦しめられた。「稽古をしていても心と体がバラバラで、本場所にも行きたくない。負けてもどうでもいい」と投げやりになってしまった――と苦渋にまみれた当時を振り返る。それは、続く7月の名古屋場所の最中、ストレスから血を吐くほどの重症だったという。のちに手術し、引退の引き金ともなった左手首の状態も悪化していた。だが、そんな武蔵丸に救いの手を差しのべたのが、貴乃花の存在だったのだ。