- #1
- #2
進取の将棋BACK NUMBER
藤井聡太七冠20歳、“無限の32手先”を読む107分の衝撃「藤井新名人は一番難しい中盤で誰よりも…」タイトル経験者も驚きを隠せず
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byKeiji Ishikawa
posted2023/06/10 11:00
20歳にして最年少名人となった藤井聡太七冠。A級棋士・中村太地八段がその非凡さを解説する
この対局の大盤解説会を担当され、感想戦の場にもいらっしゃった佐藤天彦九段もNHKの番組で触れていましたが――藤井新名人が50手目に「3五歩」としたところからの思考に驚きを隠せないのです。この場面において藤井新名人は107分の時間を使う長考となりました。そして、この一手を指すにあたって水面下で82手目の「9八竜」まで考えられていたことが話題になりました。
そこに至るまでの思考プロセスはどうなっているのか。この局面を掘り下げてみると……将棋で中盤と呼ばれる状況の醍醐味、そして“藤井将棋”の凄みを感じられます。
この時点の展開は比較的読みやすい局面で、かなり深い段階まで考えられる状況ではありました。例えば……少し将棋が強い人であれば64手目の「4二角」、さらに強い人になると69手目の「4四同角」くらいまでたどり着いて、先手と後手のどちらが優勢なのかを考える。それがプロのトップレベルになると「7九金」という81手目までイメージできるような感覚です。
読みを打ち切らず、さらに深い読みを
ただ藤井新名人の場合は、さらにもう1手先、本譜でも指された「9八竜」まで考えられていた。そこが衝撃でした。「9八竜」は相手に手番(※玉に対して攻撃ができる状態)を渡す手です。そのため普通なら「竜を逃げてしまうようでは……」と考えて選択肢に入れず、読みを打ち切ってしまうもの。しかし藤井新名人はこの局面において、さらに1つ深い段階で読みを入れていたんです。
将棋の展開は「序盤・中盤・終盤」と表現されます。AIの登場によって序盤も最新型の戦型がどんどん進化していますし、終盤は1つでも間違えれば敗着に至る恐怖感はあります。つまり、序盤も終盤も難しい(笑)。ただし序盤ならある程度定型化された戦型があったり、終盤は――詰将棋がそうですが――徹底的に理詰めで考えれば玉が詰むから勝ちに持っていけるなど、正解が導き出せるとも言えます。
一方、中盤の段階はどのルートを選んでも「どちらが有利なのか?」という判断基準がしにくい状況なのです。先の候補手を読もうとすると「A、B、C、D」→「A1、A2、A3、A4、Ba、Bb、Bc、Bd」……と、樹形図のように大きく広がっていきます。そのため人間はAIのようにすべての局面を網羅して読み切ることは不可能で、それは藤井新名人であったとしても、です。そのため「読みを打ち切る」判断をするわけなのですが、その形勢判断をどこで打ち切るかという判断が問われる。プロでも一番難しい状況は中盤、と感じています。
32手先の数多くある未来の中で、藤井名人はすでに
その中盤で、藤井新名人の非凡さが現れたのです。