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人種差別を乗り越えたタイガー・ウッズ、乳がんの妻に捧げたミケルソン、松山英樹とキャディの絆…マスターズ名勝負のウラにある“愛の物語”とは?
posted2023/04/06 11:00
text by
舩越園子Sonoko Funakoshi
photograph by
Reuters/AFLO
1934年に創設され、今年で第87回を迎える「ゴルフの祭典」マスターズ。
その舞台、オーガスタ・ナショナルでは、これまで数々の名勝負が繰り広げられてきたが、この四半世紀を振り返ってみると、時代が大きく動いたのは、タイガー・ウッズがマスターズ初優勝を果たした1997年大会からだった。
圧巻の初優勝で“批判”を黙らせたウッズ
あのときのウッズは前年(1996年)にプロ転向したばかりの弱冠21歳だったが、すでにPGAツアー3勝の実績を引っ提げて1997年マスターズに臨み、2位に12打差を付けて圧勝した。
その堂々たる勝ちっぷりは、あまりにも見事だったが、ホールアウトした直後に最愛の父アールと抱き合って流した涙は、人種差別を受けながらも頂点を目指して必死に歩んできた父子の努力が報われた証だった。アフリカ系アメリカ人として初めてのメジャー・チャンピオンが誕生した事実が、ゴルフ界や社会にもたらした影響は多大だった。
ウッズはプロデビューした当初から「出る試合はすべて勝つ。僕は勝つためだけにプレーする」と言い切り、父アールは「ウチの息子は、果てはアメリカ合衆国の大統領になる」と豪語していた。
そんなウッズ父子に対して「生意気だ」「大口を叩くな」等々、批判的な視線を向けていた選手やゴルフ関係者、米メディアは少なくなかったが、ウッズのあの圧勝は、そうした批判のすべてを賞賛へ変え、あのときからウッズ時代が始まった。
以後、ウッズがPGAツアーでも他のメジャーでも勝利を重ねていったことは誰もが知るところだ。マスターズでは2001年に2勝目、2002年に3勝目を挙げて大会連覇を達成。そんなウッズの強さの引き立て役になっていたのが、フィル・ミケルソンだった。