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壮絶な虐待を受け「一生、誰も信用しない」…坂本博之が味わった「死と同義」の敗北と、抜け殻の心に響いた“子どもたちの手紙” 

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田中耕

田中耕Koh Tanaka

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posted2022/12/16 17:01

壮絶な虐待を受け「一生、誰も信用しない」…坂本博之が味わった「死と同義」の敗北と、抜け殻の心に響いた“子どもたちの手紙”<Number Web> photograph by Koh Tanaka

自身3度目の世界戦でヒルベルト・セラノに敗れ、血の涙を流す坂本博之。不屈のボクサーは、敗北の痛みと苦しみをどう乗り越えていったのか

 バスケットコートで遊んだことを覚えていてくれたのだ。うれしくなった。坂本は少年時代、誰にも心を開こうとしなかった。今ここにいる子どもたちも、きっと似たような気持ちに違いない。大人は警戒を払うべき対象で、笑顔を振りまくような余裕などない。だが、子どもたちの反応を見て、少しだけその中に溶け込めたような気がした。

 園長が食堂で子どもたちに坂本を紹介してくれた。全員の視線が集まる。

「一生懸命にやればいいことがある。大変かもしれないけど、頑張ってください。僕は世界チャンピオンになって、福岡ドームで防衛戦をしたい。その時はみんなを招待します」

 気づけば、自分の夢を口にしていた。以来、坂本は園生たちと固い絆で結ばれることになった。

子どもたちからの手紙が、心に火をつけた

 コッジ戦に敗れた後、和白青松園から届いた手紙。坂本は子どもたちと約束した時のことを脳裏に浮かべながら、園生が懸命に書いた文字に目をやった。

「兄ちゃん、1敗したからなんだと言うんだ。勝つまでやると言ったじゃないか。チャンピオンベルトを持って帰ると約束したじゃないか!」

「兄ちゃんの試合を見てまだ頑張ろうと思った。だからやめないでくれ。熱い試合を見せてくれ!」

 ある少年はこう綴っていた。

「兄ちゃん、つらい時こそ、前に出るんやろう!」

 子どもたちに伝えた言葉が、自分に返ってきた。胸が熱くなった。

「命があることさえ不思議なくらいの境遇にあった子たちが、自分の試合を、それぞれの思いで見てくれている。僕も施設で命を繋いでもらって生きてきたのに……なんだか自分が恥ずかしくなったんです。負けを死と思っていても、結局、こうして生きている。つらい時だからこそ前に出る。敗北は前に進むためにあるもの。ここで止まってはいけない。子どもたちにエネルギーをもらって、気持ちを吹っ切ることができました」

 プロデビューして初めて喫した黒星が、坂本の“負け”に対する考えを改めさせた。だが、さらに記憶を掘り下げていくと、坂本にはボクサーになる前に喫した忘れがたい敗北があった。それこそが、今の自分を築き上げている礎になっていたのだ。

<#3へ続く>

#3に続く
「ヒロユキ、中学のわりには強いのお」不屈のボクサー・坂本博之の生き方を決定づけた“最初で最後の腕相撲”「俺の本当のオヤジだ…」

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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