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桜井まい「これだけやって負けられない」“フェリス卒のお嬢様”がスターダムの人気女子プロレスラーになった理由…アンチには「感謝してます」
posted2022/07/05 17:03
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Norihiro Hashimoto
1年前、桜井まいは「どん底」にいた。だが、この1年で彼女のプロレス人生は大きく変わった。
桜井は2020年2月にアクトレスガールズでデビュー。俳優、タレント業との同時進行だったが、実際にやってみると負けず嫌いの自分に向いていると感じた。芸能界では壁に直面、プロレスを突破口にしたいという思いもあり、早く実力をつけたかった。
アクトレスガールズは大会数が少なく、経験を積むには他団体参戦が重要なのだが、桜井にはなかなかそのチャンスがなかった。アクトレスガールズでも試合が組まれないことがあった。理由は分からなかった。
「やっぱり芸能活動にもっと力を入れたほうがいいのかなと思いながら、やさぐれてましたね」
ついていくのがやっと。それでも嬉しかった
そんな時に、アクトレスガールズがプロレス団体としての活動をやめると聞かされた。実際、今年からはプロレスの技と形式を使ったエンターテイメント・パフォーマンスの公演(大会ではなく)を行なっている。プロレスを頑張りたいのに、私はプロレスラーではなくなってしまうのか。同年デビューの月山和香と途方に暮れるしかなかった。
「2人で“これからどうしよう……”っていう感じでした。先が全然見えない、真っ暗な状態で。私たちはまだ下っ端で、実力もないし業界の右も左も分からない。なのに試合の経験も積むことができなくて」
結局、アクトレスガールズは今年から“団体に残る”選手たちと“プロレス界に残る”選手たちに分かれた。事実上の団体分裂。桜井と月山はそれより先、昨年夏の段階で動いた。団体を離れ、選んだのは業界最大の女子団体スターダム。桜井が参戦するようになると、少し後に月山も加わった。
実力者揃いでそれぞれの個性も強く、トップ選手たちでさえ埋没しないために必死なのがスターダムだ。桜井の試合を見ていると“ついていくのがやっと”といった感じだった。それでもたくさん試合ができるのが嬉しかった。経験を積めば成長できるという手応えがあったからだ。ひたすらプロレスのことだけ考えていた。
フェリス卒の“お嬢様”「でも本当は我が強かった」
今年2月、憧れていたジュリアに誘われ、コズミック・エンジェルズからDonna del Mondo(DDM)にユニットを移籍。ジュリアの指導を受けるうちに、少しずつ力が上がった。「DDMに来てめちゃくちゃ変わりましたね」とジュリアも言う。
「最初は練習しててビックリしたんですよ、レベルの低さに。今まで何をやってたんだっていうくらい。意識も甘かった。育ちもあっておっとりしてるように見えるんです。でも本当は我が強かった」
中学・高校は品川女子学院。フェリス女学院大学を卒業し、大手エアラインのCAに内定してもいた。誰がどう見ても“お嬢様育ち”だ。自分では「同級生とか周りが凄すぎて」そこまでとは思っていなかったが。卒業後は安定を捨てて芸能界の道を選んで自活、プロレスを始め、団体もユニットも変えた。昔から勝負ごとにのめり込む性格。ただリング上でそれをどう出していいかが分からなかった。ジュリアは言う。