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20歳の現役女子大生・本田真凜が考える“スケート人生の終着点”…妹の言葉で気づいた「まだ私はスケートを手放してはいけない」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byMiki Fukano
posted2022/05/30 11:05
フィギュアスケーターの本田真凜。「浅田真央2世」と呼ばれた天才少女の今に迫るロングインタビュー
「自分のスケートというものがこのままだと悪いイメージで自分の中で終わってしまうので、やめてないという感じで。とにかく『やっててよかった』と思えるような演技をして終わりたいというのがいちばんの目標かなって思います。
でも、今の自分にとっては、本当に“なくてはならないもの”になっているのかなって。去年の今頃を考えると、色んな経験を得て、何かを目標にするというのがどれだけ大事なのかっていうのをすごく感じました」
「自分の気持ちを、本音を素直に話せるようになった」
今は、苦しんだ世間の評価や目も気にならない。
「誰でもそうだと思うんですけど、自分がどういう風に見られているかをもともと気にする性格というか、悪く思われたくないなというのを常に考えてきました。でもある時に、色んな人がいる“世間”によく思われたいという考えでいると、自分自身を潰してしまうと気づいた。100%気にしていないわけではないけれど、アイスショーなどで滑ってみれば応援してくださっている方もたくさんいる。悩んでいた時は、それに気づけないくらい、よく思われていないことに敏感すぎたんだと思います」
その変化は次の言葉にも符合する。
「この4年間で、やっとスケートに限らず普段の生活からも自分らしく行動したり、発言できるようになれた。インタビューもそうですけど、どうしたら人が喜んでくれるかではなく、自分の気持ちを、本音を素直に話せるようになったんじゃないかな」
なかなか滑ることに前向きになれない時期、どんなに仕事で忙しくても寝る間を惜しんで滑る妹に訊ねたことがあった。
「望結に、すごい忙しいスケジュールをこなしているのになんでスケートを続けられるのか、聞いたことがあるんです。そしたらシンプルに『好きやから続けられる。試合に出なくてもやっていたい』と。やっぱりそれくらいの『好き』がないと、やっていけないんだなって。私は今まではスケートがないとだめと考えたことがなかったけれど、ようやっとこの数年で、まだ手放したらだめだ、という考えに変わりました」
ただただ試合が楽しかったジュニアから、さまざまな葛藤に苦しんだ4年間を経た。
その中でスケート界の仲間たちのあたたかい眼差しを感じ取り、手を差し伸べてくれる人たちもいた。応援してくれる人たちをあらためて認識することもできた。そのとき、心ない言葉に縛られることから解放され、そして誰かのためにではなく、自分のために滑りたいと思えた。
大学3年生にしての新たな出発を楽しむような、本田真凜の明るい笑顔がそこにあった。
撮影協力=明治大学駿河台キャンパス/撮影=深野未季
〈#1、#2から続く〉
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