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当たってもいないパンチで「見事にKO」される片八百長も…沢村忠からシバターまで、格闘技の“リアルとフェイク”の狭間に迫る
posted2022/01/30 17:02
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph by
RIZIN FF Susumu Nagao
十数年ほど前、筆者はムエタイの本場タイで八百長を目の当たりにした。試合中、レフェリーがいきなり両手をまっすぐ上げたと思ったら、いずれの腕も肩の高さにまで下げ、選手たちにそれぞれ別のニュートラルコーナーに移動するように指示した。
それから、一方の選手にリングから降りるように命じた。つまり「あなたには闘う資格がない」と追放を宣告したのだ。筆者の目には少々かったるい試合展開にしか映らなかったが、リングの番人の目をごまかすことはできなかった(中にはケガを隠して試合をしたばかりに、リングから降りろと告げられ無罪を主張する選手もいるのだが……)。
ムエタイはギャンブルとして成り立っているので、不正試合は永久追放になるケースもある。前述の追放された選手を控室まで追いかけると、怒りに満ちたセコンドやジムメイトに取り囲まれ、頭を垂れたまま何も話せないでいた。対戦相手に巨額のお金を賭けたブローカーから「負けてくれ」と頼まれ、いくばくかの見返りと引き換えにタブーを犯してしまったのだろうか。
「当たっているように見えない」疑惑のKOの数々
日本のキックボクシングはムエタイをベースに日本人のテイストに合うように改良されたものだが、公のギャンブルとしては成立していない。だからタイのように追放処分を下されるようなケースはないが、その代わり一方の選手が頃合いを見計らい、強烈な一打を食らうと糸の切れた操り人形のように倒れる無気力試合はあまた存在した。
1970年代にリングサイドでキックの試合写真を熱心に撮っていたカメラマンは証言する。
「沢村(忠)の場合、タイ人とやる試合の少なくとも9割はそういう試合だったと思う」
ブームと呼ばれた70年代、キックにはリアルだけではなく、ファンタジーも存在していたということか。巷で“片八百長”と呼ばれるマッチメークはボクシング界でもよく見る。当たってもいないパンチでダウンしてキャンバスに沈むフィリピンやタイのボクサーを、かつての深夜のテレビで何度見たことか。
ある日、状況を察したテレビ局のアナウンサーが「見事なKOでしたね」と話をまとめようとすると、解説席に座った元ボクサーは良心の呵責があったのだろう。「私には当たっているように見えなかったですけどね」と憤慨しながらコメントしていたことが忘れられない。2007年、そうした状況を憂慮した日本ボクシングコミッションは、倒されるためにやってくる常習犯の来日を制限するという通達を出した。