- #1
- #2
酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
《大投手番付を作ってみた》昭和の横綱は金田正一、平成・令和は工藤公康…大関は誰?「松坂世代」や江夏豊は?
posted2022/01/12 11:03
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph by
Sports Graphic Number/Kou Hiroo
投手陣についても昭和vs平成・令和の番付を作ってみた。プロ野球の歴史を紐解くと、野手もそれなりに変化しているが、投手は「違う競技」と言っていいほど変わっている。それを比較するのは、そもそも無理があるのだ。あえて議論を喚起するために、番付にしてみたことをご理解いただきたい。
勝利数を1、セーブ数は0.3、ホールド数は0.25で計算
番付の根拠となる数字は勝利数+セーブ数+ホールド数。勝利数を1とし、セーブ数は0.3、ホールド数は0.25とした。恣意的な数字であることは承知の上だが、セーブは2、3日連続でとることができる。ホールドはその上に1試合で複数の投手がゲットできる。そういう部分も勘案した。
昭和と平成・令和の区分けについては、打者は1985年で区切ったが、投手は1982年とした。
1981年のドラフトでは多くの名投手が入団している。中には広島1巡目の津田恒美のようにキャリアが短く、昭和時代に活躍した投手もいるが、巨人1巡目の槙原寛己、西武6巡目の工藤公康など、平成に全盛期を迎えた投手が多い。
とりわけ工藤公康はホールドが導入された2005年時点でも現役で、2009年には横浜で10ホールドを挙げている。この投手を昭和に入れることはできないと判断した。
さらに、村上雅則に始まり、野茂英雄以降本格化したMLBに移籍した投手については、日米通算での数字とした。
なお、日米通算はNPBでのデビューから起算とした。MLBでプレーした後NPB球団に入った選手のMLB時代の成績は含まない。
いろいろ前説が長くなったが、番付を見て行こう。
昭和は400勝の金田正一を筆頭に鉄板の顔ぶれ
東方、昭和の時代は1973年までは勝利数だけ。東横綱、400.0=400勝の金田正一を筆頭に鉄板の顔ぶれが並ぶ。大関・米田哲也は「ガソリンタンク」と言われたスタミナ抜群の右腕。関脇の小山正明は阪神、ロッテのエース。「針の穴を通す」と言われたコントロールの持ち主。小結・鈴木啓示は、最後の300勝投手。ドラフト後の近鉄の左腕エース。前頭2枚目のスタルヒンまでが300勝投手である。
前頭5枚目の江夏豊は206勝に加え193セーブで勝利数が江夏よりも多い投手を押しのけて番付上位に位置している。
東の幕内で野球殿堂入りしていないのは江夏豊だけ。これも随分目立つ。