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藤井聡太を「ワクワクしながら見ています」 55歳上の中原誠が語った年齢と棋力の相関関係
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph byMiki Fukano
posted2020/09/09 11:50
「棋界の太陽」は笑みをたたえながら、羽生善治と藤井聡太という将棋史に残る2人の天才について語ってくれた。
いきなり殴りかかる凶暴な将棋に変わった
谷川は、「中原先生は、40代になってから将棋のスタイルをガラッと変えて来られました」と、当時を振り返っている。
無敵を誇る大山康晴の振り飛車を破った、「玉頭位取り」や「5筋位取り」に代表されるような、無類の厚みで押すのが中原の王道とも言うべき流儀だったはずなのに、ある日突然に、いきなり殴りかかる凶暴な将棋に変わったというのだ。
「もちろん、意識的に変えました」と、中原は涼しい顔で肯定した。それほど、若い棋士たちの挑戦を受け続けるのは大変なことだったのだろう。
中原が採用したのは、AIによる研究が主流となったいまになって、再び大流行している相掛かりだった。それも浮き飛車の構えからいきなり▲5六飛と歩越しに回る手を軸とした「素人のような指し方」を連採し、結果を出し続けたのだ。
「批判されるだろうなと覚悟していましたが、本当にクソミソに言われていたようです。直接言ってくる人はいなかったんだけどね」と、当時を懐かしむ。弟弟子の島朗(初代竜王、現九段)を相手に試運転でこっそり成功させて、谷川相手の大勝負でもその指し方を採用した。
「羽生さんとのタイトル戦を一度やってみたかった」
凶暴、と言われるとなぜかうれしそうで、「あんなに凶暴になるつもりはなかったんだけど、流れで最善手を追求していくと、結果的に凶暴な将棋になっちゃったんです」と、微笑を浮かべながらそのフレーズを連発するのだ。
少年時代に、高柳敏夫門下の長兄であり、理論派の雄としても知られた芹沢博文九段に「居飛車の将棋というのは、利を少しずつ積み重ねていくものだ」と叩き込まれた。教えに従い、それを正道としてきた中原が、「あえて邪道に行ってみた」と言うほどの棋風の大転換。その将棋が、いまAIに高く評価されているのだから、中原誠の将棋の奥の深さがわかる。
11年前の引退会見で「羽生さんとのタイトル戦を一度やってみたかった」と、ひとつだけ悔いを述べた中原。対羽生戦でも、10勝19敗と、決してぶっちぎられていたわけではなかったので、「番勝負をやってみたかった」の気持ちは容易に想像できる。
「2回ぐらい挑戦者になるチャンスがあって、ついに届かなかった。大山―中原の関係と、中原―羽生の関係って、だいたい年齢(差)的には同じなので、私の方がちょっとだらしなかったね」と、中原。文字にすると寂しい感じになってしまうのだが、表情はあくまでも「棋界の太陽」そのまま。いまは、55歳年下の藤井聡太の将棋を、ネット中継でワクワクしながら楽しんでいる。