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<「2019世界柔道」直前インタビュー vol.7>
己を信じて信念を貫く。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2019/08/08 11:30
左から、男子60kg級・永山竜樹(了徳寺大学職)、団体男子73kg級・橋本壮市(パーク24)。
橋本壮市が歩んできた道は異例だ。
時間をかけて、這い上がってきた。
多くの日本代表選手が、学生時代から国内外の大会で華々しく活躍してきたのと対照的に、社会人になったときには強化指定選手ではなかった。それでも今、日本代表として戦う位置に上りつめた。
男子73kg級の橋本壮市は、異例とも言える道を歩んできた。
「一番は、技術は日本代表に入ってもおかしくないレベルにあると自分を信じ続けたこと。一回もあきらめなかったからここまで来れたと思います」
あきらめないという気持ちを抱くだけでなく、努力の裏づけもあった。
「大学では、活躍している同級生や先輩後輩がたくさんいました。ほんとうに悔しくて、みんなが練習で疲れ果てて寝ているときに一人で走りに行ったりもしました」
「橋本スペシャル」をいくつも考案。
己を信じる力の強さは、次の言葉にも表れている。
「中学に入るとき、親元を離れて寮生活を始めました。そのとき、『自分は世界で一番強くなる』と決めた。心で思うだけでなく、『僕は世界チャンピオンになる』と言い続けました。まわりからは笑われましたよ。中学生のときも高校生のときも、『なれるわけないじゃん』って。でも、気持ちは揺らがなかったですね。だってあきらめたら世界一になれないし、自分を信じてくれるのは自分しかいないわけですから」
社会人になると、先輩に囲まれていた大学時代と異なり、自分で考えて取り組む度合いが増した。それが奏功したか、少しずつ成績を向上させていった。独自の技「橋本スペシャル」をいくつも考案したエピソードも、橋本の柔道への熱心な取り組みを示していた。
「自分だけの特徴をひとことで言うなら、『技のアーチスト』かな」
照れたような表情を見せる。国際大会にも派遣されるようになり、国内外で結果を残していくと、2017年、初めて世界柔道の代表に選ばれた。
「選ばれたとき、やっと世界チャンピオンになるときが来たな、と思いました」
大会では、堂々、優勝を遂げた。「世界チャンピオンになる」という信念が結実した瞬間だった。
最後に勝つのは僕だと思っている。
そして昨年も、世界柔道代表に名を連ねた。だが大会では苦い思いを味わうことになった。
準決勝の試合で勝利したものの、試合中に頭を畳に強く打ちつけた影響で右目が見えなくなった。その状態で臨んだ決勝では、思うような柔道ができずに敗れた。思いがけない不運に見舞われた大会だった。
「うーん……そういうアクシデントがあっても、優勝しなくちゃいけないなと思います」
今年4月の全日本選抜体重別選手権では決勝で大野将平に9分30秒の熱戦の末に敗れ、2019世界柔道は個人戦代表にはなれず、団体戦代表で臨むことになった。
「結果は結果と受け止めて、次は勝てるように準備したいですね。来年の五輪に出られるのは1人。相手を意識する部分もあるけれど、まず、自分に勝たなければいけない」
自分に勝つ――それは確固たる信念に揺るぎがないかどうかの勝負である。でもこれまでの歩み同様、そこには自信がある。
「最後に勝つのは僕だと思っているので」
そのためにも、団体戦への決意を固める。
「個人戦に出れない分、すべての力を出して、日本の勝利に貢献したいと思います」
右目の視力は、もとには戻らない。
「でも、慣れました」
橋本は笑みを浮かべると、続けた。
「柔道に関しては、僕は絶対に妥協しませんから」