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「日本の筋トレ」と歩んだ34年・後編。
身体を動かす愉しさを知った日本人。 

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増田晶文

増田晶文Masafumi Masuda

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photograph byAFLO

posted2019/03/17 11:05

「日本の筋トレ」と歩んだ34年・後編。身体を動かす愉しさを知った日本人。<Number Web> photograph by AFLO

カリフォルニア州のベニスビーチは、マッスルビーチとも呼ばれる筋トレの聖地。写真は1990年代の様子。

ボディビルジムという「虎の穴」。

 一方、筋トレ原理主義者の聖地ともいうべきボディビルジムは、元来が個人経営の小規模な器が大多数を占めていた。

 オーナーがビルダーというのも定番で、ほとんどのジムがボディビル連盟に所属していた。そして、そのジムに在籍していないと大会には出場できなかった。経営規模で劣るジムの、大型フィットネスクラブに対抗するための鎖国政策ともいえよう。

 都内の有力ジムといえば「中野ヘルスクラブ」「サンプレイ」「ユニコーン」など。他にも恵比寿や代々木、新宿、新橋、目黒、池袋など都内各地にジムがあった。

 私が入門したのは「ユニコーン渋谷」だ。ここは'80年代初頭に、「ボディビル界の百恵ちゃん」なんていわれた西脇美智子の存在で名をあげた。

 彼女はボディビル、パワーリフティングのチャンピオンとなり、芸能界に転じて日活ロマンポルノや香港映画に出演している。同時にユニコーンが大河原久典、山田亙、宮野成夫、橿棒幸子、山本美奈子ら名ビルダーを輩出したことも特記しておきたい。

 ボディビルジムの施設や用具は、フィットネスクラブに比べて明らかにオンボロ。集うメンツと醸されるムードは自ずとマニアックで、実に汗臭かった。でも「虎の穴」を連想させて、なかなかオツな場であった。

 私も錆びてキシキシいうラットプルマシーンを力いっぱい引いたっけ。

一気に高齢者が参入した郊外ジム。

 フィットネス業界は2000年代になって都心重点から郊外進展戦略へと変化する。それと共にメンバー構成で大きな変化が生じた。

 断然、シニア&シルバー層が台頭してくる。

 私も自宅から近い、全国チェーン展開をするフィットネスクラブへ鞍替えした。私鉄沿線の典型的な郊外店舗だ。そして、ここで事態の急変を痛感したのだった。

「年齢層がとんでもなく高いじゃないか!」

 さらに、クラブを席捲する人生の大先輩から声がけしていただき、呆然とした。

「そこの“お兄さん”いい身体してるね」

 当時、不惑のオッサンだった私がいちばんの若僧という事実。これって……。

 フィットネス業界の資料によれば、2000年代当初の50歳以上と40歳未満の構成比は、それぞれ40%前後。それでも、まだ40歳未満のほうが多い。しかし、2010年ともなれば50歳以上のシニア、シルバー世代が50%以上を占めてくる。

 この現象は日本人の高齢化とぴったり符合する。それは健康志向の顕著化とも換言できよう。医療や介護、保険制度への不安も深刻になった。メタボ対策、美魔女にアンチエイジングがマスコミで騒がれたりもした。とりわけダイエットは、フィットネス業界にとって永遠の錦の御旗であり、実効ばかりか少々怪しいものまで氾濫している。

【次ページ】 フィットネスクラブが地域の交流場所に。

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