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なぜDeNAが下関でオープン戦?
70年前の「マルハ」から連なる愛。

posted2019/03/07 17:00

 
なぜDeNAが下関でオープン戦?70年前の「マルハ」から連なる愛。<Number Web> photograph by Kyodo News

1998年優勝パレードで、下関のファンから祝福を受ける権藤監督(当時)。

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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 1949年、生まれ故郷は本州の西の果て――。

 今年の3月10日、山口県下関市にあるオーヴィジョンスタジアム下関で、DeNA主催の広島カープとのオープン戦が開催される。

 なぜDeNAが下関? と思う人もいるかもしれないが、かの地はベイスターズが創設された土地であり、今回の試合は球団創設70周年を記念してのゲームとなる。選手たちは創設当時のユニフォームを身にまといプレーする。

下関から続くベイスターズの歴史。

 ベイスターズの歴史を紐解くと、1949年に大洋漁業(現マルハニチロ)が「株式会社まるは球団」を創設し、発足したばかりのセントラル・リーグに加盟。当時、大洋漁業は捕鯨や遠洋漁業などで業績をあげており、下関は漁船が行き来する流通の一大拠点であった。

 もともと大洋漁業の野球部はアマチュアとして戦前に都市対抗野球に出場するなど下関の人たちから愛される存在だったという。

 翌年の'50年、球団名を正式に「大洋ホエールズ」とし、プロ野球チームとしての道を本格的に歩み出すことになる。

 しかし、'53年にリーグの事情で京都にあった松竹ロビンスと合併し「大洋松竹ロビンス」、'54年に「洋松ロビンス」と改称することになる。この頃もフランチャイズの下関では試合は行われていたが、主催ゲームは大阪スタヂアムを中心に開催されていた。

【次ページ】 川崎移転後も変わらぬ“DNA”。

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