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腎臓移植手術から見事に復活した、
五輪金メダリストハードラーの人生。
posted2019/02/25 07:30
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph by
AFLO
「北京世界陸上が終わったら、すぐにアメリカに戻って腎臓移植を受けるんだ」
110mハードルのロンドン五輪の金メダリスト、そして世界記録保持者、アリエス・メリットの突然の発表に、報道陣や関係者に大きな衝撃が走った。
スポーツ選手に怪我はつきもので、陸上ではアキレス腱、野球では肘などの手術を受ける選手は存在する。しかし、病気というのはなかなか耳にしない。しかも「腎臓移植」。レースに出て大丈夫なのか、これからどうなるのか、そんな疑問が我々の脳裏を巡った。
ロンドン五輪の翌年、変調をきたす。
2012年、五輪イヤーに大きく飛躍したメリット。金メダルと世界記録を手に入れ、しばらくメリットの時代が続くのでは。そう思われていた矢先、体調不良に悩まされた。
練習後の回復が遅く、めまいやだるさなどに襲われた。そういった症状がしばらく続いたため、病院で精密検査を受けたところ、腎臓に先天的な異常が見つかった。
通常であれば治療に専念し、激しい運動は控えるべきだが、メリットは治療と練習を両立する道を模索。その影響もあって体調はさらに悪化し、2014年は入退院を繰り返した。
医者は腎臓移植を勧めたが、メリットは「移植すると走れない期間が長すぎるから」と移植以外の道を望んでいた。そのため医者はEPO治療を提案。メリットの場合、腎臓機能の低下によって、腎臓から分泌されるEPO(エリスロポエチン)の量が減少していた。EPO投与によって腎不全の進行を抑えるのが目的だった。
しかしEPOは、禁止薬物に指定されている。EPOの摂取は持久力向上に効果があると言われ、マラソンや自転車、トライアスロンなど持久系のスポーツ選手の使用による薬物違反が増えている。
そのためメリットは、国際陸連にEPO治療が必要な事、移植以外ではその治療が最も有用で、最後の治療法であること、また自身の種目が持久系ではなくEPO使用が競技力向上に繋がるものではないことから、TUE(治療使用特例)を申請したが、願いはむなしく国際陸連から却下され、「最終的に移植の道しかなかった」と話す。