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難聴を克服して56年ぶりの五輪へ。
円盤投げ・湯上の「不器用なので」。
posted2019/01/03 09:00
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph by
Ayako Oikawa
「寒いですねぇ」
湯上剛輝は183cmの大きな体躯を少し縮め、指先に息を吹きかけながら円盤投のサークルに向かい、投てきの構えに入った。息を大きく吸いながら、体を大きく開き、直径2.5mのサークルをゆっくりと踏み込むようにターンする。右手から解き放たれた2kgの円盤は夕暮れの空に美しい弧を描きながら飛んでいった。
サークルから出ると、黒いイヤフォンのようなものを耳につけ苦笑いしながらこう言った。
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「今日は寒いので思うように投げられないですね」
なめらかで力強いターン、力みのない投てき。さすが日本一という姿だった。
3投連続でまさかの日本新記録。
湯上の名前が全国区になったのは、2018年6月の日本選手権。
大会3日目に行われた男子円盤投で、湯上は1本目で自己ベストを更新。2投目で念願の60m台まで記録を伸ばすと、3投目で日本記録60m74を上回る61m02の日本新記録を樹立した。
そこからさらに強さを見せた。湯上は4投目で62m03と記録を伸ばし、5投目では62m16と自身の日本新記録を塗り替えるパフォーマンスで優勝。スタジアムの観客は円盤投、いや湯上の投てきに釘付けになった。
突然の飛躍の理由は、2017年夏から行っている肉体改造にあった。所属先のトヨタ自動車のラグビーチームのトレーニングコーチにお尻と背中の筋肉の弱さを指摘され、イチから体幹を作り直した。
40kgのウォーターバッグを持って大股歩行をしたり、シャフトの両脇に重りのついたゴムチューブをつけて持ち上げたり、与えられたメニューは10種類以上。湯上はほぼ毎日取り組んだ。
「その練習を始めて2週間後の愛媛国体で自己ベストが出たので、自分がしていることは間違っていないと思いました」と話す。
冬季練習ではさらにウェイトトレーニングや体幹運動の時間を増やした。
「地道な練習をコツコツと行うのが好きなんです」
周囲の選手は湯上を「練習熱心」、「練習の虫」と表現するように、練習の成果が日本記録に結びついた。