マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
高校球児の人生が変わる秋の熊野。
全国の強豪と地元校が出会い……。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byShinichi Hatanaka
posted2018/12/05 08:00
豪華な設備とは言えないが、秋の熊野には高校野球の本質がずっしりと詰まっていた。
甲子園でも投げた2年生が変貌。
この夏の甲子園でもマウンドに上った敦賀気比高・木下元秀投手(2年・182cm84kg・左投左打)が、「秋の熊野」にチームの大黒柱としてやって来た。
甲子園での投手・木下は、強打線の木更津総合を相手に5回まではシングル3本1失点の大健闘だったが、6回にヒット5本を集められて6点を失い、そこでマウンドを降りていた。
エースで4番。甲子園からわずか3カ月。立場が人を変えるというのもあるのだろう。すっかり大黒柱の貫禄を漂わせて、ゲームに臨んでいた。
ネコもシャクシも“140”だ“150”だとなびく中、オレはこの線で行くから……そんなオリジナリティを感じるピッチングがかえって新鮮に感じる。
目測135キロ前後の速球に落差の大きなカーブを交え、捕手が構えたミットを丁寧に狙っていく。
時に打たれはするが、そのあとがねちっこい。隆々たる体躯なのに、スピード競争に振り回されていないのが、むしろ毅然として見える。
毎年3割を狙えるセンスと気質。
驚いたのは、そのバッティングだ。
甲子園では、9番だったり1打席しか立たなかったのでわからなかったが、敦賀気比高・木下元秀の“将来性”は、むしろバッティングのほうかもしれない。
関東一との一戦。最初の打席の打球に驚いた。
一塁手正面の痛烈なゴロに、一塁手が圧倒されてライト線に抜けた。
……実際は「抜けた」と言ったのは“知ったかぶり”で、打球がライト線を転々としてからやっと見えた、というお粗末。
軽く振り抜いたように見えたスイングなのに、ものすごい勢いで一塁手を粉砕した打者・木下元秀の打球。
その腕の振りで、どうしてこんなに猛烈な勢いの速球が……。投手の逸材を占うときと同じ“方程式”だ。
さらに2打席目には、カーブをしっかり呼び込みながら、わずかにボールの下をこすったセンターフライがフェンスぎりぎりまで届くと、3打席目には、まったく同じ方向へ今度は楽々フェンスを越える雄大な放物線を描いてみせた。
ホームランにしたのもたいしたものだが、それ以上に打球の方向がよい。1つ前のわずかな打ち損じに、「このやろー!」と燃えすぎないのもいい。
まるで、「今度こそ、さっきの所を越えてみせよう」という狙いを実現できるボールをじっくり待って、今度は打ち損じないように……と丁寧に捉えて運んだように見えた。
クールでフラット。それでいて、体の中ではほどよく“内燃”できている。毎年コンスタントに3割をクリアできるような「アベレージヒッター」の資質を垣間見た思いだった。