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フランスの戴冠と多民族融合。
デシャンが推進した化学反応。
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byTakuya Sugiyama/JMPA
posted2018/07/21 11:00
ワールドカップ決勝戦、クロアチアのレビッチと競り合うフランスのカンテ。
多民族が入り混じるほど面白い。
それにしても、と私は思う。先天的要素と後天的要因がこれほど異なりながら、フランス代表は空中分解に陥ることなく、そのプラス面をよくぞ相乗させたものだ。監督ディディエ・デシャンの統率力、と簡単に要約されがちだが、これはおそらくフランス・サッカー協会の長期的展望と試行錯誤の産物だ。
1998年に初めてワールドカップを獲得する少し前、当時の代表監督エメ・ジャケ('94年就任)は周囲の反対を押し切り、アフリカ系やカリブ系の選手をつぎつぎと代表に選んだ。ジネディーヌ・ジダン、リリアン・テュラム、ティエリ・アンリ、パトリック・ヴィエラ……その前から代表入りしていたクリスチャン・カランブーやマルセル・デサイーも含めて、彼らの姿はいまでも鮮やかによみがえる。そしてピッチで彼らを統御していたのが、当時の主将ディディエ・デシャンだった。
デシャンは、その後のフランス代表混乱期を横目でにらみつつ、2012年に監督を引き受けることになる。以後数年、彼は1998年の遺伝子にあらためて眼を向け、代表の多民族化を推し進めたにちがいない。
結果論に聞こえるかもしれないが、フランス代表は、多民族が入り混じれば入り混じるほど面白くなる。もともと植民地経営に長けた国という定評はあったが、イタリアもスペインもドイツも、融合の成果はそこまで出していない。フランスに張り合えそうなのはオランダとベルギーとイングランドぐらいだが、ここしばらくはむずかしいだろう。多民族融合を求める声が日本代表に波及する日は、いつか訪れるのだろうか。