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競走馬は連闘でこそ能力を発揮する!?
安田記念注目の超良血馬と矢作師。
posted2018/06/02 08:00
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph by
NIKKAN SPORTS
競走馬が最も高い能力を発揮するのは連闘で出走したときだ――という説がある。
1989年、平成最初の安田記念を制したバンブーメモリーは、当時は京都芝1600mのオープン特別だった5月6日のシルクロードステークスで3着になってからの連闘だった。バンブーメモリーは父モーニングフローリック、母の父モバリッズという血統の牡馬で、当時旧5歳。栗東・武邦彦厩舎の所属馬だった。
'87年11月の新馬戦からずっとダートを使われ、デビュー16戦目となったこの'89年4月の準オープン、道頓堀ステークスで初めて芝のレースに出走し、5馬身差で圧勝。手綱をとったのは武豊だった。
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武は、次走のシルクロードステークスではシヨノロマン(1着)に騎乗することが決まっていたのだが、父に「バンブーメモリーは芝でも相当強いから」と安田記念に登録するよう進言した。
そして翌週の安田記念。その日、武は京都の京阪杯でニホンピロブレイブ(1着)に騎乗したため、名手・岡部幸雄がバンブーメモリの鞍上となった。4勝のうち3勝がダートで、しかもオープンでの勝ち鞍はゼロ。
そのため、「岡部人気」が加わっても単勝18.7倍の10番人気という低評価だったが、それを豪快に吹き飛ばし、2着のダイゴウシュールを1馬身半突き放した。
バンブーメモリーは、同年秋のマイルチャンピオンシップでオグリキャップとハナ差の激闘を演じ、翌'90年のスプリンターズステークスを優勝。これが武邦彦・豊の父子コンビによるGI初制覇であった。
馬を可愛いと思わないようにしていた武も。
武にとって、バンブーメモリーは特別な馬だった。父の厩舎に行くと必ず様子を見に行き、鼻面を撫で、声をかけた。鞭で叩いたり、追ったりできなくなるので馬を可愛いと思わないようにしているという武も、この馬にだけは特別な感情を抱いていたようだ。
「こいつ、自分の足が速いことを知っていて、それを見せたくていつもウズウズしているんです」
そんな話をしているとき、隣の馬房のオースミシャダイが顔を出すと、バンブーはガーッと口をあけて威嚇した。体が大きく、気も強い、厩舎の大将だったのだ。