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伊調、吉田、新入部員も対等扱い。
レスリング栄和人の“嫌われる勇気”。
text by
松本宣昭Yoshiaki Matsumoto
photograph byTakuya Suguyama
posted2017/04/20 17:45
「吉田が僕を信頼しているとは絶対に思わない」
「女子レスリングの指導に専念するようになってからは、選手たちに嫌われようが、強くすることだけを考えています。選手に好かれようとか、物わかりのいい指導者になろうと気にしている時点で、絶対に強くできないから。きつい練習をさせて、『バカ野郎! まだやれ』という厳しい言葉をかければ、選手は嫌がるかもしれない。だけど、実際に結果が出れば、彼女たちは『ついてきてよかった』と思う。その過程で、信頼関係を作り上げようという努力は一切いらないんです。好きか嫌いか、信頼するかどうかは、僕の人間性を見て、選手が決めるものだと思っているから。
例えば僕は吉田沙保里のことを信頼しているけど、吉田が僕を信頼しているとは絶対に思わない。だって、それは吉田の気持ちだから。信頼関係ができていると認識している時点で、それはおかしいと思う」
選手の感情を、指導者が決めることはできない。
選手の感情を、指導者が決めることはできない。ならば、そこには踏み込まず、選手を強くし、五輪でメダルを獲らせるという目的に集中する。まさに書籍『嫌われる勇気』の中で、アドラー心理学の哲人が語る「課題の分離」の考えそのもの。栄監督は、嫌われる勇気の塊のような人だった。
この日のインタビューは、全日本チームの強化合宿中に行なわれた。登坂や土性ら五輪メダリストをはじめ、ジュニアの選手たちも参加していた。スパーリングが終わるたび、栄監督はさまざまな選手にアドバイスを送るが、口調やテンションが大きく変わることはない。いつでも、誰にでも、ちょっと早口のハスキーボイスで語りかける。