書店員のスポーツ本探訪BACK NUMBER
剣道における一対一の空気の特別さ。
一瞬の時間と空間を切り取る醍醐味。
text by
今井麻夕美Mayumi Imai
photograph byWataru Sato
posted2017/01/05 08:00
筆者の藤沢周は芥川賞作家であり、同時に法政大学の教授でもあるという変り種だ。
剣道を通して、人と人との化学反応が起こる。
また、武道の言葉は堅苦しいものと思っていたが、意外にも(融ではないが)面白いものが多くて、目からウロコだった。特に私が印象的だったのは「滴水滴凍 テキスイテキトウ tekisuitekitou」。光邑禅師によれば、<水が一滴垂れると、すぐさま凍る。また、滴ると、一瞬のうちに凍る。な、刹那刹那、瞬間瞬間。間髪を容れずに、十全にそのものの本分を生き切るということだ。>
師と弟子であり、運命のライバルともいえる融と矢田部は、対照的に描かれる。融は剣道という新しい世界を知っていく。矢田部はひたすら自身に向き合い葛藤し続ける。剣は己の弱さを殺すことでもあるのだ。融のパートは青春小説で、矢田部のパートは堕ちていく男の物語だ。さながら陽と陰がスパークして、この『武曲』は展開していく。
クライマックス、融は剣道一級審査の会場で、新たな境地を体験する。対戦相手が変わるごとに見える世界は違い、自分というものの認識も変わっていく。剣道を通すと、人と人との化学反応がこんなにも頻繁に起こり、世界に溶けていく感覚すら味わえるのかと驚いた。2つの光がひとつになって放たれていく、その快楽をぜひ体感してほしい。