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和氣慎吾の残酷な結果に思うこと。
やはり世界戦とは、こうでなくては。 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byKyodo News

posted2016/07/22 11:20

和氣慎吾の残酷な結果に思うこと。やはり世界戦とは、こうでなくては。<Number Web> photograph by Kyodo News

「世界王者は通過点」というボクサーが増えて感覚が麻痺しつつあるが、プロ10年目で初挑戦を掴んだ和氣にとって、そこはまさに晴れ舞台だった。

かつて、21回連続世界戦で負けた日本の歴史。

 1980年代から'90年代にかけ、日本国内のジムに所属する選手は、21回連続世界挑戦失敗という不名誉な記録も残した。

 期待の日本人ボクサーが世界の壁にぶつかり、砕け散る姿を目にし、当時のファンは悔しさや苛立ち、腹立たしさを感じたものだった。「何をやっているんだ!」。思わずそう叫びたくなるときもあった。しかし、同時に我々の目指す世界チャンピオンという頂が、どこまでも高く、尊いものであるとも感じさせてくれた。

 世界は甘くない―─。この言葉に力強い説得力があった。

 いつからだろうか、かつては黒々とした雲に覆われてよく見えなかった世界チャンピオンという頂は、ややもすると裾野から簡単に手が届きそうに見えることがある。日本国内で4団体が正式に認められたこともあるだろう。世界タイトルマッチへのリスペクトが怪しいものになっている。そう感じる機会は正直なところ少なくない。

 こうした状況において、和氣の世界戦は「世界は甘くない」とあらためて感じさせる内容だった。21勝21KO無敗1無効試合という戦績を持つグスマンは、映像を見るとやや鈍重な印象で、戦績ほどの迫力を感じさせなかった。和氣のスピードをもってすれば、勝機は十分にあるのではないか。私自身そう考えたし、新世界チャンピオン誕生を予想した専門家も少なくなかった。

グスマンさえ、リゴンドウとドネアの前では小物。

 しかし、ベールを脱いだグスマンは、和氣に見劣りしないレベルのスピードがあり、戦況を読み、その時々で戦術を巧みに変える器用さも持ち合わせていた。もちろんパンチは強かった。東洋太平洋王座をすべてKOで5度防衛し、日本のスーパーバンタム級でトップに立つ和氣の敗北は残念に違いないが、「世界は甘くない」と感じることのできたファンは、決して不幸ではなかったと思う。

 現在のスーパーバンタム級は激戦区の一つで、WBAスーパー王者にいまだ無敗のギジェルモ・リゴンドウ(キューバ)が君臨し、WBOチャンピオンは、5階級制覇のスター選手、ノニト・ドネア(フィリピン)が睨みをきかせる。世界的なスタンダードで見れば、彼らは間違いなく無名とも言えるグスマンよりも強い。上には上がまだまだいるのである。

 和氣は戦前「今回の試合に勝ち、いずれスーパーバンタム級で“唯一の”世界チャンピオンになりたい」と語っていた。第一関門とも言えるグスマンに敗れた和氣のゴールは気が遠くなるほど先にあり、だからこそやりがいがあり、その挑戦には価値がある。“世界”とは、こうでなくてはいけない。そう強く感じた大阪の夜だった。

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和氣慎吾
井岡一翔

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