メジャーリーグPRESSBACK NUMBER
「あの日調子がよかったわけでは」
岩隈久志が振り返ったノーヒッター。
text by
ナガオ勝司Katsushi Nagao
photograph byGetty Images
posted2015/08/26 10:30
岩隈久志は、日本時代よりもMLBに移ってからの方が勝率が向上している極めて珍しい投手だ。昨年、一昨年はともに二桁勝利を記録し、今季もここまで5勝3敗と勝ち越している。
ちょっと怯んだだけでも「デカイの」を打たれる。
確かにその通りだ。1回の立ち上がり。危ない球が幾つかあった。スライダーが狙ったところよりも少し高めに浮いたり、左打者の外角を狙った速球が甘いコースに入ったり。だが岩隈は、それでもどんどん積極的にストライクを取りにいった。自分というピッチャーの特長を、最大限に生かすために。
全29人の打者の3分の2以上になる20人の打者に対して、初球からストライクを投げた。もちろん、その20球すべてが岩隈の狙い通りのコースや高さに決まっていたわけではない。
「やっぱり、気持ちが大事なんだと思います。日本にいた頃、確かロッテ戦だったと思うけど、5回まで凄く調子が良くて、自分でも『今日はいいな』と思っていたら、5回にボコボコにされた経験がある。だから、やっぱり気持ちが大事なんだと思う」
抜群の制球力を持ち、「精密機械」と評された殿堂入り投手のグレッグ・マダックス(元ブレーブスほか)でさえ、百発百中、思い通りのコースや高さには投げられない。自ら「日本にいた頃の方が低めのコントロールは良かった」と口にするぐらいなのだから、岩隈だって同じだろう。
それでもなぜか、マダックスや岩隈は相手の打者を打ち取ってしまう。
「この世界はとにかく、弱気になったらダメだと思う。それは日本のプロ野球でも同じだけれど、とくにアメリカはパワーが違うんで、ちょっと怯んだだけでもデカイの(長打)を打たれてしまいますから」
腕を強く振る。打者に向かっていく。強い体と強い心が絶妙のバランスに保たれた時、感覚が研ぎ澄まされて集中力が増すのかも知れない。岩隈の場合、そこに状況や相手の出方に応じてピッチングを変えられる高い技術や経験が加わる。
「途中までは速球に見えるが突然視界から消える」
序盤の3イニング。彼は全投球の半分以上で速球(2シームと4シーム)を投げた。スプリットは約1割。残る3割がスライダーやカーブだった。ところが中盤の3イニングは速球の割合が3割強に減り、代わりにスプリットが同じぐらいの比率に増えた。
「高めの真っ直ぐをうまく見せておいてスプリットを生かすとか、いろんな球を使わなければ抑えられないですから」
と岩隈。最後の3イニングはさらにスプリットが増えて全体の4割以上。速球の割合も5割に増え、スライダーやカーブは1割以下に激減。言わば「速球とスプリットだけ」。それで抑え込まれたオリオールズの3番ジョーンズは、こう地元紙に漏らしている。
「85マイル(時速137キロ)ぐらいのスプリットなんだ。途中までは速球に見えるが突然、視界から消える。それをストライクゾーンから落とされたら脱帽するしかないよ」
最後の打者、2番パーラを打ち取った速球は、その日最速の92マイル(時速148キロ)を計測した。その1球もキャッチャーがミットを構えた外角低めには決まらず、内角高めに鋭く、切れ込んでいる。
渾身の116球目。中堅を守るジャクソンが平凡な中飛を捕球した瞬間、岩隈は珍しく、両手を広げてガッツポーズを見せた。
「……したことないですよね(笑)」