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ジョコビッチにフルセット敗戦も……。
世界1位を追い詰めた錦織圭の哲学。
text by
秋山英宏Hidehiro Akiyama
photograph byGetty Images
posted2014/11/16 11:40
錦織圭は理想的なテニスでジョコビッチを翻弄し2セット目を奪ったが、最終第3セットは1ゲームも取れず。王者の底力を見せつけられた。
錦織の攻撃に、ジョコビッチが受けたダメージ。
さすがのジョコビッチも、錦織の攻撃に少なからぬダメージを受けたらしい。観客を気にするそぶりや、事態の急変に困惑したようなボディランゲージに動揺が窺えた。
電光石火の早技で錦織が試合展開を一変させ、セットオールに追いついた。
ところが、第3セットの出だし、ジョコビッチのサービスゲームで試合が再び動き出す。
錦織は15-40のブレークポイントを2本のエラーでふいにした。攻撃的にいく中でのミスであったことは間違いない。しかし、これは、心理状態の小さな変化が引き起こした痛恨のミスだった。
第2セットの優勢を呼び込んだのは、少しのリスクを負いながらの攻撃だった。しかし、この2本は自滅に近いミス。錦織がここでの心理状態を明かす。
「トップの選手を意識しすぎてしまった」
「このままでは勝てないと思ってしまったことで、テニスを変えてしまった」
ナンバーワンプレーヤーに対する警戒心がそうさせたのだ。そこが、世界ランク1位と5位の差と見ることもできる。
「いい試合をしたところで、得るものはない」
チャンスを逃した錦織は次のサービスゲームを簡単に落とし、坂道を転がり落ちていく。最終セットにもつれた試合の勝率79%と、歴代(オープン化以降)トップの錦織でも、流れを食い止めることはできなかった。
「いい試合をしたところで、何も得るものはないというか、どんな相手でも、勝てないと悔しさは残る」
人一倍、負けず嫌いの男である。錦織の頭にあったのは、敗者には何も与えるなという勝負哲学か、それとも敗戦を糧とせよという鉄則か。
本人の言葉とは相反するが、この試合で錦織は大きなものを手にしたはずだ。
室内コートでは難攻不落と思われたジョコビッチのテニスを、一度は完全に崩した。相手に心理的にダメージを与えるほどの攻撃力を見せつけた。全米準優勝と自己最高の世界ランク5位の実績に加え、このO2アリーナで、錦織はメガトン級のインパクトを男子ツアーに与えたに違いない。少しシナリオを書き換えるだけで、彼は世界の頂点に立てる――ジョコビッチとの試合で錦織が世界に示したのは、その可能性だった。