REVERSE ANGLEBACK NUMBER
佐世保実業の木下愛、聖地で好投。
“見えない”方の目で何を見たのか。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byKyodo News
posted2013/08/21 10:30
木下投手は小学校4年生でソフトボールを始めた。怪我で視力は低下したが、中学校から野球部に入り、2年連続甲子園のマウンドに上がった。
隻眼に、どういうわけか惹かれてしまう。
'80年代の中ごろ、美浦の久保田厩舎にキョウエイレアという馬がいた。デビューしてまもなく事故で左目が見えなくなった。デビュー前から隻眼だと登録を認められないが、デビューしてからなら競走に出ることはできる。関係者は現役をつづけさせることにして、さまざまな苦心の末、GIIの高松宮杯を勝つなどの活躍を見せた。
片方の目が見えないためにほかの馬を恐れるところがあり、馬混みの中ではレースができず、いつも逃げた。あわてたように逃げる姿は、悲劇的でもあり、喜劇的でもあった。出てくるたびに馬券を買わずにはいられず、儲けたり損をしたりした。
競馬の世界には現役の隻眼もいる。「高知の独眼龍」宮川実だ。高知のトップジョッキーだったが、落馬で顔を踏まれ、片目を失った。それでも懸命のリハビリで再起し、落馬前に劣らないような活躍をつづけている。高知まで出かけて2日間、話を聞いたが、淡々とした話しぶりとやってのけたことのすごさとの落差が印象に残った。
野球にもいないわけではない。ウェイミー・ダグラスは1957年、パイレーツでプレーした投手で、経緯は知らないが隻眼だった。メジャーで投げたのはこのシーズンだけだったが、精緻な目の能力が求められる投手が、隻眼にもかかわらずメジャーで投げたことは歴史的な快挙だった。
この春、レイズのマイナーにいる隻眼投手がメジャーに上がるかもしれないという記事が出ていて、久しぶりに興奮したが、今のところ昇格はできていない。
見えないほうの目で彼らは何を見ているのか。
隻眼に惹かれるのは同情とかハンディキャップを克服したことへの賞賛といったことだけではない。見えないほうの目でなにを見ているか、特別なものが見えているのではないかと気になる。誤解を恐れずにいえば、うらやましい気持ちがあるからだ。
ときどき、なにか見えないかと、片方の目をつぶって歩いたり遠くを見たりしてみる。もちろんニセの隻眼に見えるものなどないのだが。
今年の甲子園に、印象に残る投手がいた。佐世保実業(長崎)の左投手、木下愛(いとし)だ。樟南(鹿児島)との1回戦で見せた投球はみごとだった。身長は170センチあるかないかで、最近の投手としては小柄、球速も目を見張るものはない。しかし、テンポよく投げて相手に的を絞らせず、安打を許しても連打はさせない。
なにより感心したのはコントロールで、8回を完投し、投球数はわずかに98。死球はひとつあったが、四球はひとつもなかった。1失点は二塁打のあと送りバントとスクイズで奪われたもので、打ち崩されたわけではない。最少失点での敗戦は気の毒だったが、相手投手が141球も投げて完封したのと対照的で、内容は負けていなかった。