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新会長の「お仕置き」のお粗末。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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posted2006/04/13 00:00

新会長の「お仕置き」のお粗末。<Number Web> photograph by AFLO

 「子供っぽい」とか「まだ新米だから」と呆れられている。フェルナンド・マルティン会長のことだ。

 8日の夜、レアル・ソシエダと引き分けた直後、だらけたプレーぶりに業を煮やした会長はロッカールームに降り、主将ラウールに「明日、練習だ」と命じた。選手たちには土曜の試合後から火曜日の夕方まで休暇が与えられていたから、一種のお仕置きである。

 試合そのものは取り立てて酷い内容とは思わない。降格争いをするソシエダが十数本のシュートを放つ抵抗を見せたが、下位チームすらベルナベウを恐れなくなっているのは、今に始まったことではない。ロナウドのレアル・マドリー100ゴール目の後に続いたチャンスで2点目を入れていれば、あるいはカシージャスの凡ミスがなければ、勝てた試合だ。

 ただグティの退場は、1週間前のロベルト・カルロスのそれと同じく、モラルの低下を象徴する出来事だった。激しいファールを連発したジダンもレッドカードをもらってもおかしくなかった。ケイロス時代の末期も日替わりで退場者を出し、リーグ戦5連敗の不名誉なクラブ記録を作ってシーズンを終えたことがある。当時すでにフロント入りしていたフェルナンド・マルティンの心に苦い思い出がよみがえったのかもしれない。それでもあの時は4位で翌年のチャンピオンズリーグ出場を決めたが、今季は出場権すら危うい。もしビジャレアルがチャンピオンズリーグで優勝すれば出場枠がそちらへ割り振られるため、4位のチームはUEFAカップに回る可能性すらあるのだ。3位のレアル・マドリーと4位のオサスナの差はわずか1ポイント。新会長が一発、気合を入れたいと決心しても不思議ではない。

■監督の頭越しに休日返上を命令

 問題は、このお仕置き決定がロペス・カロ監督の頭越しで行われたことだ。VIP席からロッカールームに降り、たまたまそこにいたラウールに直接告げたというのだ。

 危機感を募らせても怒ってもいい。だが、練習のプランニングは監督の仕事であり、まずはロペス・カロに話を通すのが筋。どんなアマチュアの弱小チームにも練習プランはある。少年チームの監督をしている私の頭の中にだって、「今週やるべきこと」や「次回の練習の課題」が決まっていて、雨で中止になるのは困るし、急に30分間短縮させられたりすると頭に来る。逆も同じ。ウォーミングアップ中に「試合開始を遅らせてくれ」などと要求されることもあるが呑みたくない。一度下がった集中力を盛り返すのは難しいからだ。アマレベルでも細かい計算を一々しているものなのだ。

 それが前日の夜にいきなり「明日の朝のセッションを用意してくれ」と言うのは、プロの監督の仕事を舐めてはいないか?一回セッション数が増えれば一週間のメニューはすべて見直さざるを得ない。体力と集中力のピークを週末にもっていくために、そこから逆算してフィジカル、テクニック、戦略の割合、それぞれの負荷の強さ、集団と個人のエクササイズの比率などが割り振りされているからだ。セッションが増減すると当然「頂上」の位置が動く。

 ロペス・カロに相談を持ちかけていたら、おそらくお仕置きは却下されていただろう。たとえカロも怒り心頭で罰を与えたくてウズウズしていたとしても、次の試合を考えればプランの変更は、プラスよりもマイナスになる可能性の方が大きい。監督なら勝利優先の発想をするはず。会長が活を入れたいのなら、休み明けの火曜日にすればいいことだ。

 果たして、日曜の練習は、一時間に満たないお遊びに近いものだったらしい。試合に出場した選手はジャグジーやジムでのストレッチングで、控え選手はミニゲームで時間を過ごした。仮にもお仕置きなら、ボールを取り上げてガンガン走らせるとか、激しいフィジカルトレーニングで体をいじめるべきだろうが、試合の翌日にそんなことをすれば壊れてしまう。ここで回復させといて、しごくのなら翌日の月曜日が最適だったが。休日の朝に召集して旅行や娯楽プランを駄目にすることが、十分な罰だと考えたのかもしれない。

■選手の圧力に屈して(?)休暇の延長

 練習後は会長による訓示。1時間以上にわたって“クラブにとって2位の座は大切だから一所懸命やってほしい”という意味のことを懇々と諭したとされる。8月チャンピオンズリーグの予備予選を戦うはめになれば、大切な財源である夏のアジア・アメリカツアーを大幅に短縮せざるを得ない。ただでさえワールドカップで短くなっている選手たちのバケーションがさらにカットされ、休養不足が体調管理に深刻な悪影響を及ぼす可能性が出てくる。悪いことだらけだ。こんなことは改めて強調されなくてもわかり切ったことだが、まあ罰だとすれば我慢して聞くしかない。

 ところが、ここから先が理解不能だ。フェルナンド・マルティンは休日に呼び出したお返しに、休暇を一日延長し水曜日までとしてしまったのだ。これは選手への「お詫び」としか解釈のしようがない。

 ロペス・カロが、「お遊び」と引き換えに練習日を一日削ることを提案するはずがない。私のチームだってそんなこと許さない。大切な2位の座を確保するために本当に貴重な24時間なのだ。土曜日に途中退場したロナウドが右大腿の筋肉繊維の断裂であると診断され、2、3週間欠場することになった。彼の代役探しだって1日余裕があるのとないのではまるで違う。それを承知で休日を増やしたことは、選手の圧力に屈したとしか考えられない。会長の威厳は、監督の権威はどこへ行ってしまったのか。「クラブの最優先課題(=2位確保)VS選手たちのお休み」、「会長+監督のリーダーシップVS選手たちの要求」がぶつかり合って、いずれも選手側に軍配が上がったということではないか。

 サッカーが素人らしく新米会長でもあるフェルナンド・マルティンは間違ってもいい。怒り心頭で休日返上を命ずるのは、子供っぽい反応だった。ロペス・カロへの相談を怠ったことも反省すべきだ。

 だが、選手に対しては決して屈するべきではなかった。一旦決断したことは最後まで貫くべきだった。なぜなら彼はクラブの最高責任者であり、最優先すべきなのはクラブの利益であって選手のそれでは決してないからだ。「頭に血が上ったのは事実。だがあんな試合ぶりでは2位確保すら危うい。そう思ったから選手を集めただけだ」と開き直れば良かったのだ。自分の誤りを認めることがクラブの利益に反するなら認める必要はない。選手の不満だって恐れてはならない。嘘も方便、厚顔も職務の一つ。それが最高責任者というものではないか。

 一連の騒動で得したのは誰か?

 会長の面目は丸つぶれ、監督は練習日を減らされ、選手は休日を24時間ズラされた。得をした者が誰もいない、まったくお粗末な出来事だった。

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