佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER
佐藤琢磨 グランプリに挑む Round 8 カナダGP
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta
posted2004/06/17 00:00
「あ〜ッ!」の声に「琢磨だ〜ッ!」の声が重なった。
カナダ・グランプリ49周目、エンジンブローの白煙の中に降り立ったドライバーのヘルメットは、まぎれもなく佐藤琢磨のそれだった。
8戦して5回のエンジン・ブロー。チームメイトのバトンはこの日レース後失格者が出たために8戦して5回の3位内入賞を果たしたというのに、なんという明と暗の対照か。TV桟敷の前のファンも、エンジニアも、我々メディア関係者も、誰もが一瞬声を失い、凍り付いてしまった。次にようやく出た言葉は「なんで、また、琢磨にばかり……」だった。
訊くのがつらい。しかし、訊くのが務めである。
レース直後、HRDの中本修平エンジニアリング・ディレクターはブローアップについてこう語った。
「琢磨くんのエンジンの件に関しては何も分かりません。クルマがまだ戻って来てないのでエンジンを調べようがなく、何がどうなったか分かりませんが、前回(ヨーロッパ・グランプリ)と同じで壊れる何の前兆もなく、突然でした。信頼性の対策を施したのにその効果がレースで発揮できなかったという意味で衝撃です」
なぜ琢磨のエンジンばかりか壊れてバトンのそれは壊れないのか? スペック(仕様)はまったく同じであり、エンジンのデータロガーを分析しても使われ方に違いはないという。たとえばバトンに較べて琢磨の方がエンジンの扱い方が荒いのではないか? との疑問も湧くが、中本エンジニアは一蹴した。
「バトンと琢磨くんのすべてのエンジン・データを解析してみて唯一違うのは、シフトダウン時のエンジン回転数が琢磨くんの方が低いことでした。彼の方がエンジンにやさしいのです。しかし違うのがそこだけだったので、あえて変えてもらった。琢磨くんは『乗りにくい』と言いながらやってくれました。そうやってドライビング・スタイルまで変えてくれたにもかかわらずまた壊れた。ミステリーです。やりようがない」
今回ホンダがモントリオールに持ち込んだエンジンは新しいもので、たび重なる琢磨のエンジン・ブロー対策を重点にした、信頼性優先タイプだった。しかも、予選でポールポジションを狙ったもののスピンで17番グリッドとなったことから、あえてフレッシュ・エンジンに積み換え、ピットスタートを選ぶことまでしている。
「載せ換えたエンジンは高い回転域を使っていませんから、レースでもっと回すんだ! と思っていたんですけどね。そのチャンスがなかった」と、中本エンジニアはよく晴れた初夏のモントリオールの空をふり仰ぎ、タメ息をつく。
「今回のエンジンは信頼性を上げて来たと聞いていたし、事前のシルバーストン・テストでもいい感触だったのでショックでした」と琢磨は言う。続けて「エンジニアも苦しいでしょうが、まずは原因をつかむことです。ひょっとしたらエンジンと関係ないところが原因かもしれない」と語ったが、最後の言葉は、そうであって欲しいという願いがこめられているようにも聞こえた。
悪いことに、カナダ〜アメリカは連戦のため仮にブローの原因が分かっても対策を施す十分な時間はない、というのが常識である。しかし中本エンジニアは「(対策の)時間はなくはない」と言った。
オートバイのレース用エンジンをハンドラゲッジでサーキットに運んだといった伝説に事欠かないホンダである。インディアナポリスでマシンが走り出す4日間までに、ホンダは時間と時差との戦いを挑む。中本エンジニアはしみじみとした口調で漏らした。
「あのエンジン・ブローを何とかしたいスよ。琢磨くんには申し訳ない」
6月20日、今季F1シリーズはインディアナポリスで日程のちょうど半分を終える。