スポーツの正しい見方BACK NUMBER
内角高目は投手のものだ。
text by
海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa
photograph byHideki Sugiyama
posted2005/05/18 00:00
ドラゴンズのタイロン・ウッズが、5月5日のスワローズ戦で、藤井秀悟の内角高目の投球に怒り、藤井の頬をこぶしで殴って、出場停止10試合と制裁金50万円の処分を受けた。これは過去もっとも重い処分だが、当然のことだろう。
というのも、ウッズは4月6日のスワローズ戦で、五十嵐亮太の速球を左手小指に受け骨折した。そこで、5月3日からの3連戦を前にして、つぎのように予告していたのである。
「指の状態はだいぶよくなっている。だからヤクルト戦でも最善をつくしたい。できればヒットを打ちたい。でも今度デッドボールを当ててきたら、こっちからヒットしてやる(殴ってやる)。ヤクルトのキャッチャーには、試合前にそう忠告しておく」
つまり、スワローズのピッチャーが内角高目に投げるのをずっとうかがっていて、投げた藤井を待ってましたとばかりに殴ったのである。じつにタチが悪い。
ピッチャーには、内角の低目であれ、高目であれ、投げる権利がある。投げたら殴るぞと脅されて投げるのを躊躇していたら、彼らはピッチャーを廃業しなければならない。
たとえば、かつてドジャースのエースだったドン・ドライスデールは、その点についてつぎのようにいっている。
「ストライクゾーンの内角は投手のものだ。ここは打者にとって打ちにくいところで、打者は内角に投げさせまいと、ホームプレートの上におおいかぶさってくる。しかし、ぶつけるのをおそれていては仕事にならない。ここに投げられる投手だけが大リーグで生活できるのだ」
インディアンスやホワイトソックスなどで投げた300勝投手のアーリー・ウィンはもっとはっきりしている。あるとき、新聞記者が、打者が自分の母親だったらビーンボールは投げないだろうねと訊ねると、こう答えた。
「彼女がホームプレートにおおいかぶさってバットを構えなければな。そんなことをしたら、たとえ母親でもおれは投げるのに躊躇しない」
だからデッドボールという事故が起き、ときとして乱闘事件も起きるのだが、それに対して本物の一流打者たちはつぎのように対処する。
歴代3位の660本塁打を誇るウイリー・メイズはこうだ。
「ビーンボールを避けるには倒れこむことだ。これができれば大リーガーとして生き残れる」
267死球の大リーグ記録を持つドン・ベイラーはこういっている。
「よけきれない球は体の肉の厚い部分で受けるしかない。ビーンボールまがいの投球には体をすばやく動かし、ショルダー(肩)ボールにしたり、リブ(脇腹)ボールにしたり、バック(背中)ボールに変えてしまうのが打者の技術というものだ」
けっして、ピッチャーを殴るとおどして内角に投げさせないことだなどとはいっていない。
ウッズは、エクスポズやオリオールズやレッドソックスなどに在籍した経験があるようだが、大リーグで生き残れなかったのが分るような気がする。