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心の病をタブーにするな。
エンケの自殺から学ぶべきこと。
~ドイツ代表GK、訃報の裏側~
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byUniphoto Press
posted2009/11/26 10:30
11月18日、ドイツ対コートジボワールの試合会場でも、エンケを追悼して黙祷が行なわれた
過剰なプレッシャーがスポーツ選手のうつ病を誘発。
ダイスラーの担当医だったトーマス・ニッケル医師はこんなことを口にしている。
「彼らは、あまりに公の目にさらされすぎています。ある選手が2週間プレーしなかったら、そのニュースが報道されないことなどありえないのですから」
世の中の注目を集める彼らには、大きなプレッシャーがかかる。プレッシャーがスポーツ選手のうつ病を誘発するケースが増えているという。ケルン体育大学の研究グループのデータは、現状を端的に示している。昨年、うつ病を患ったスポーツ選手の数は73人。その数は10年前から約9倍に、2年前と比べても約3倍に増えている。
体と同様にメンタル面もケアが必要だ。
ダイスラーが引退した翌年の2008年から、バイエルンはスポーツ心理学者のフィリップ・ラウクスを常駐させることになった。ラウクス氏は警鐘を鳴らす。
「スポーツ選手もまた、我々と同じように血と肉で作られているということを理解しないといけない。彼らもまた、人としての弱い一面を持っているのだ」
心理面のケアをしっかりと受けることが出来るバイエルンの選手たちは、かなり恵まれている。バイエルンのようなケアを受けられるクラブは、現在のドイツでは多くない。実際にハノーファーの担当医は、エンケが亡くなった直後にこんなことを語っている。
「彼とは数日前にも話しました。でも、彼がメンタル面で問題を抱えているとは聞いたことがありません」
フルトにある心理学研究所のマルティン・マイヒェルベック教授は、警告を発している。
「ブンデスリーガの各クラブは、心理面のケアの(最先端レベルからの)遅れを取り戻す必要があります。心理学者が時代遅れだなんて言っているのは、誰なんでしょうか?」
エンケの死を無駄にしないためにも“タブー”は壊すべき。
ドイツサッカー協会のテオ・ツバンツィーガー会長は「スポーツビルト」誌の取材を受けて、ドイツサッカー界をあげて問題に取り組んでいく決意を口にした。
「今回のあまりに悲しい出来事を受けて、私たちはサッカーについて、さらに深く考えていかなければならない。そして、“タブー”は壊さないといけない」
そんな折に発売された、ニュースマガジン『フォーカス』誌の表紙に、エンケの写真が使われていた。その号の特集タイトルは、こう書かれている。
「うつ病という“タブー”」
ハノーファーのキント会長は同誌のインタビューに次のように語っている。
「テレサ夫人がエンケの病気を明らかにしてくれたのは本当に意味のあることだったと思っている。彼女の告白が、“タブー”への意識を変えてくれる。あまりに悲しいエンケの死から、何か、意味のあるものを生み出していきたい」
エンケはプロサッカー選手として14年にわたりゴールを守り、チームを救ってきた。彼の死が、同じ病気で苦しんでいる選手やこれから苦しむかもしれない選手たちを救う、きっかけとなることを願ってやまない。