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『HERO'S』が日本の格闘技を救うか? 

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph byToshiya Kondo

posted2007/09/11 00:00

『HERO'S』が日本の格闘技を救うか?<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

 9月上旬、東急東横線の渋谷駅のホームに次のようなコピーの書かれた大きなポスターが張り出されていた。

 『世界が注目してきた日本のリング、その「誇り」を消してはならない』

 幼い少年の澄んだ瞳がとても印象的なデザインだ。サブコピーにはこうある。

 『世界を動かす闘いを見せたい』

 これは9月17日に横浜アリーナで開催される『HERO'S ミドル級王者決定トーナメント決勝』のポスターである。日本の格闘技界の置かれている現状を、これほど如実にあらわしているキャッチもないだろう。これまで日本総合格闘技界をリードしてきた『PRIDE』の再開のメドが立っていない現在、地上波中継を持つメジャーのHERO'Sの存在意義、延いてはその役割は非常に大きいと言わざるを得ない。

 一体、日本の総合格闘技はどこへと向かっていくのか──。再びムーブメントを構築できるのか。それとも……。

 その点において最も気になるのが選手たちの動向である。前回の7月の大会では、田村潔司がPRIDEから戦場をHERO'Sに移し話題になったが、今回はミノワマン(美濃輪育久)とPRIDEヘビー級4強だったセルゲイ・ハリトーノフが参戦する。

 選手たちの移籍の流れは2つある。ひとつは、マウリシオ・ショーグンやヴァンダレイ・シウバのようにUFCへと移る者、そしてHERO'Sを選ぶ者。五味隆典などはHERO'Sに参戦するのではないかとまことしやかに囁かれている。

 選手のラインナップは、その団体の方向性と質を決めることになる。

 これまでHERO'Sは、こう言っては語弊があるかもしれないが、キャラクター先行、選手のサイドストーリーを重視し、実力はあとからついてくればいいというスタンスの選手が多かった。所英男などが好例だろう。須藤元気にしてもKIDにしても実力はもちろんあるが、彼らのキャラなしにあれだけの人気を獲得することは難しかった。また競技経験のない芸能人がいきなりリングに登場したりと、“お茶の間にも分かりやすい総合格闘技”がHERO'Sのウリだったわけだ。

 しかし、行き場をなくした選手たちの需要で、HERO'Sの選手層が変わり始めている。ハリトーノフの参戦などは、その最もたる現象だろう。あと地味だが今回KIDと対戦する柔術世界王者のビビアーノ・フェルナンデスの存在なども興味深い。つまり、これまで薄かった“競技的な総合”な部分、いわゆるUFCやPRIDEといった場所で実現していた高いレベルの競技性が、これまで以上にHERO'Sのリング上でも表現され始めているというわけだ。というよりも選手の実力もあり、それは抗いきれない状況にきている。

 この状況は、日本の格闘技界にとってチャンスではないか、と思う。

 ノゲイラやミルコといった有名選手たちはUFCへと去ってしまったが、五味はもちろん、まだまだ実力を有した選手たちの去就は決まっていない。うまく選手を引き込めればHERO'Sは様々な選択ができるということだ。競技性を重視するのか。それともこれまで同様にキャラクターを重視するのか。または、競技とキャラを程よくブレンドした、新たなブランドを作っていくのか。

 アンチテーゼとして存在していたPRIDEがない今、HERO'Sはこれまでとは違う新たな方向性を提示しなければ求心力を失ってしまうだろう。反面それは、やりようによっては世界に対抗しうる新たなムーブメントを作ることも可能だということも示唆している。

 9月17日は、ヘビー、ライトヘビー、ミドル、ライトといった重量級から軽量級までの試合が用意されている。これは今後の方向性を決める試金石になる興行だと思うので注目したい。「誇り」を消してはならない。

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