レアル・マドリーの真実BACK NUMBER
また会長辞任。止まらない混沌。
text by
木村浩嗣Hirotsugu Kimura
photograph byPICS UNITED/AFLO
posted2006/04/28 00:00
もう何が起こっているのかさっぱりわからない。
4月26日夜、フェルナンド・マルティンが会長職を辞任した。バルセロナがミランと引き分けてチャンピオンズリーグ決勝に進出する、ちょうどその数分前のことだ。大喜びする宿命のライバルを横目に、またもやカオスを見せつけられたファンはもううんざりだろう。
この連載だって、ジダンの引退とか、バレンシア、オサスナの2位争いとか、スポーツの話題を紹介するために始まったものなのに、またもやフロント絡みのお話だ。それも今回はどこやらの政界さながら「派閥」や「院政」、「黒幕」なんて言葉が飛び交うドロドロ話である。
辞任はもちろんマルティンの本意ではなかった。彼の配下にある理事会(理事18人、当日は16人出席)に謀反を起こされ、辞めるしか手がなかったのである。レアル・マドリーの議定書によれば、「理事会が集団辞任により4人以下になれば解散し会長選挙が行われる」(大意)、とされている。マルティンは理事の引止めを図ったとされるが、フタを開けてみれば会長を支持したのは、たった1人。副会長のブトラゲーニョすら不支持に回った。集団辞任あるいは不信任決議を出される前に、自ら辞表を提出したのだ。
■ささやかれるフロレンティーノ黒幕説
彼はちょうど2カ月前辞任したフロレンティーノの推薦で会長に就いた。「選手の私生活を監視する委員会を設ける」とか「大金持ちのクラブはいらない」とかさっそく、綱紀粛正に乗り出すことを宣言。その一方で来季のチームの設計図づくりを進めていた。アンチェロッティを最有力とする新監督候補7人の名前を明らかにし、ティエリ・アンリやキブ、ディアラの獲得に動いていたとされる。「新監督を探している」と早々に公言しロペス・カロ監督の権威を失墜させたり、前回紹介した「選手お仕置き未遂事件」など勇み足があったことも確かだが、まあ順調に前進しているかに見えた。
ところが、その裏で不満分子が急速に成長していた。全会一致で就任したはずなのに、わずか2カ月で1対15という大敗を喫する羽目になったのはなぜか? ここからが政界さながらの泥沼劇だ。
黒幕はフロレンティーノ元会長だとされる。「来たところに戻ることはない」と復帰を否定、縁がすっかり切れたと思われたフロレンティーノだが、本当の狙いはクラブを裏から操る「院政」だったというのだ。で、子飼いのはずの新会長が勝手に動き出したから、これまた子飼いの理事たちを操って首を切らせたと噂されている。フロレンティーノの怒りを買ったのは、マルティンが、フェルナンド・イエロ、アントニオ・カマーチョ、デル・ボスケ、アンヘル・トーレス(ヘタフェ会長)らの“敵”と会合を持ったこと。当初、冷遇されたデル・ボスケの監督復帰、カマーチョとイエロのフロント入りがささやかれたが、すぐに立ち消えになったのは元会長の反対があったからだという。レアル・マドリーのソシオ(会員)でもあるアンヘル・トーレスとは、「船から逃げ出してみんなを溺れさせた」という辞任時のコメントでもわかるとおり犬猿の仲である。
この黒幕説の真偽のほどはわからない。フロレンティーノが糸を引いているのか、それとも理事たちが勝手に彼の意を汲んだのか。理事たちは投票で選ばれたのではなく、前会長が選出したのだから、いわば全員がフロレンティーノ派。別に「院政」を敷かなくても彼の意に反することはしないだろう。いずれにせよ裏からの指令があったのかどうかは別にして、マルティンの辞任は前会長との争いに敗れた結果だとは言えそうだ。
マルティンはせめて今季終了までの会長就任にこだわり、アンチェロッティとアンリの獲得を約束したとされる。法律問題のアドバイザーを引きつれ、前述の議定書の解釈についても理事たちと争ったというが、最後は降参せざるを得なかった。
■新監督も補強選手も選挙までは白紙
暫定的な会長として最年長理事のルイス・ゴメス・モンテハノが就任した。ガソリンスタンドチェーンを経営しているらしい。別にプロフィールを紹介しなくてもいいだろう。どうせ会長選挙までの命だ。
選挙はシーズン終了後の7月初めに実施される見込み。今のところ立候補者としては、当のフェルナンド・マルティンのほか、ラリーレーサーのカルロス・サインツ、前回の選挙で敗れたアルトゥーロ・バルダサノらの名が挙がっている。フロレンティーノ派からも誰かが立つに違いない。バルダサノは自分のプロジェクトにデル・ボスケが含まれていることを公言している。候補たちは、新監督、スポーツディレクター、補強選手の公約をかかげて選挙戦に臨む。投票権のあるソシオたちは、会長の人となりよりも「プロジェクト」の方に票を投ずるのだ。
これはつまり、あれだけ大騒ぎしたアンチェロッティ、バルセロナと奪い合ったアンリの獲得が白紙になり、7月に仕切り直しになったことを意味する。フロレンティーノ辞任時に選挙をしていれば今頃は来季の陣容が決まっていた、と出遅れを心配する声が出て当たり前だ。
とはいえ、もはやこんなカオスに正論を述べても無駄だろう。会長もフロントも監督も選手も去就は宙に浮いたまま。リーグ4試合を残してチームは、チャンピオンズリーグ予備予選免除を賭けて2位の座を争っているのだが、雑音が大きすぎサッカーに集中できるような環境にはない。功労者ジダンの引退表明もすっかり影が薄くなってしまった。
レアル・マドリーの危機は、「チーム成績の危機」ではなく「クラブ組織の危機」であることがはっきりした。スポーツ面そっちのけでも、組織を再編成することが最優先。「2位確保」なんて夢のように思えてきた。