MLB Column from USABACK NUMBER

「マネー・ボール」vs「スモール・ボール」 お受験式解析 

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李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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posted2006/08/18 00:00

「マネー・ボール」vs「スモール・ボール」 お受験式解析<Number Web> photograph by Gettyimages/AFLO

 何度も書いてきたことだが、いま、メジャーでは、野球の戦法を巡って、新思考派と守旧派の対立が先鋭化している。

 新思考派は、通称「マネー・ボール」派と呼ばれているが、この名は、マイケル・ルイス著の同名書(日本でも2004年に訳書が出版された)に由来する。一言でいうと、出塁率(=アウトを取られないこと)を何よりも重視する考え方であり、たとえば犠牲バントのように、自分から敵にアウトを進呈する戦法を忌み嫌う。マネー・ボール派の考え方では、小技を駆使して自ら動くのとは反対に、球を選びながらじっくり攻撃する戦法を重視するので、四球をたくさん選ぶ選球眼のよい打者が高く評価される。さらに、最近のメジャーでは先発投手は投球数100を超えると交代となるのが普通であり、先発投手に球数を多く投げさせるほど、比較的力の劣る中継ぎ投手を早い時点で引きずり出すことができるので、相手チームの投球数をふやすこともマネー・ボール派の重要な戦術となる。

 これに対して、守旧派は「スモール・ボール」派と呼ばれ、バントや盗塁などの小技(スモール・ボール)で点を「ひねり出す(manufactureする)」ことを重視するが、日本の高校野球の戦法など、その典型と言ってよいだろう。

 マイケル・ルイスのベストセラー『マネー・ボール』が、アスレチクスのフロントを密着取材した書物であったことでもわかるように、メジャーでは、アスレチクスがマネー・ボール派の代表格とされてきた。一方、昨年ワールドシリーズ優勝したホワイトソックスは、オジー・ギエン監督が盗塁や犠牲バントの効用を強調、「スモール・ボール」派の代表格とされている。

 今回は、マネー・ボール派とスモール・ボール派と、メジャーに本当に2グループのチームがあるのか、また、あるとすればどの程度戦法が違ってくるのかを検証するために、8月14日時点でのデータに統計的解析を加えた。なお、両者の違いを際立たせる指標として、日本の「国民的統計指標」といってもよい「偏差値」を用いた。元・現受験生に対して説明する必要はないだろうが、念のため、以下に偏差値の読み方の概要を説明する。

 偏差値は、自分の成績が集団のどの辺りに位置するかを示す指標であり、50が真ん中(平均値)、数字が50から遠くなるほど平均から「離れた」地点にいることを示す。受験の例でいうなら、もっとも平均から離れたところに位置する最難関、東大理III合格に要する偏差値は72.5、といった具合である。

1)スモール・ボール派のチーム

 バント、盗塁といった小技の使用頻度が高い上位3チームを以下に示す(括弧内の値が偏差値)。ただし、バントについては、投手が打席に立つナ・リーグと立たないア・リーグとを同列に比較することはできないので、リーグ別の成績を示した。

バント(ナ・リーグ) バント(ア・リーグ) 盗塁
1位 ロッキーズ(75.3) ロイヤルズ(62.5) メッツ(69.2)
2位 カブス(59.1) ホワイトソックス(61.3) エンジェルス(68.0)
3位 アストロズ(58.3) オリオールズ(61.3) ヤンキース(65.1)

 ホーム球場が高地にあるロッキーズは、これまで長打力を売り物にしてきたが、今季はすっかり様変わりした「小技」の野球を見せていることが、バントの高偏差値に現れている。また、盗塁偏差値1位となったメッツは、バント偏差値もリーグ4位、今季は、機動力野球に徹してナ・リーグ東地区を独走していることがよくわかる。

 ところで、スモール・ボールの代表のように言われるホワイトソックス、確かにバント偏差値はリーグ2位であるが総数は33にしか過ぎず(メジャー1位のロッキーズは85)、盗塁偏差値も50.6と、実は、評判ほど機動力野球は実行していない。それよりも、ホワイトソックスの場合、本塁打偏差値69.8がメジャー1位と、ダントツの長打力が強さの原動力となっているのである。

2)マネー・ボール派のチーム

 マネー・ボール戦法の指標として、出塁率、四球数、相手チームの投球数(被投球数)を比較、上位3チームを以下に示した。

出塁率 四球 被投球数
1位 レッドソックス(71.1) レッドソックス(72.4) レッドソックス(77.8)
2位 ヤンキース(67.7) レッズ(66.6) レッズ(64.8)
3位 ブルージェイズ(64.2) ヤンキース(63.9) フィリーズ(61.5)

 と、レッドソックスがマネー・ボール戦法の主要3部門で3冠を独占しているが、偏差値はいずれの項目でも70を超え、マネー・ボール戦法の徹底ぶりは図抜けている。特に、被投球数の偏差値77.8は、東大理IIIの合格難易度72.5をもはるかに超え、「選球眼」のいい選手ばかりを集めた上で、球をじっくり選ぶことをチーム全体に徹したからこそ達成できた「偉業」といってよいだろう。レッドソックスは、もともと、マネー・ボール派の開祖的存在であるビル・ジェームズをチーム顧問として迎え入れるなど、新思考派の考え方を取り入れてきたことで知られているが、ここまで完璧にマネー・ボール「思想」に徹したチームを作り上げたのだから、GMテオ・エプスタインの「天才」ぶりは称えられてよいだろう(一方、マネー・ボール派の「古参」とされるアスレチクスは、いずれの部門でも上位3位からはずれ、「代表」の座を完全にレッドソックスに開け渡してしまった)。

 ところで、レッドソックスのライバルのヤンキース、出塁率、四球数の高偏差値でもわかるようにマネー・ボール戦法も取り入れているが、盗塁もメジャー3位と、スモール・ボール戦法も多用、新旧両派の戦法を「柔軟」に取り入れている。

 と、偏差値という数字、お受験の世界だけでなく、野球の戦力分析でも十分に役に立つもののようである。しかし、偏差値で評価されるようになると、受験生時代を思い出して「ノイローゼ」になったりする選手が出てくるかもしれないから、やっぱり、あまり流行らせない方がいいのだろうか。

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