MLB Column from USABACK NUMBER

年俸調停制度を巡る悲喜劇。 

text by

李啓充

李啓充Kaechoong Lee

PROFILE

photograph byGettyimages/AFLO

posted2006/01/05 00:00

年俸調停制度を巡る悲喜劇。<Number Web> photograph by Gettyimages/AFLO

 MLBと日本のプロ野球との違いを数え上げたらきりはないが、年俸調停制度もその一つだ。球団と選手とが年俸交渉で合意できなかったときに、第三者が裁定を下す制度であるが、日本のファンにはなじみが薄いようなので、今回はこの制度について説明しよう。

 MLBが年俸調停制度を採用したのは1973年、もともと、FA資格を持たない、大リーグ歴6年未満の選手に対する救済制度として始まった。保有権を独占する球団が年俸を不当に低く押さえることがないように、大リーグ歴3年(出場試合数によっては2年)を経た選手に、第三者による年俸調停を受ける資格を与えるようになったのである。

 しかし、年俸「調停」とは言っても、調停員が球団の提示額と選手の要求額の妥協点を探って「中間の額」を裁定するという制度ではなく、球団の提示額と選手の要求額と、どちらの言い分に分があるかという「勝ち負け」を決める仕組みとなっている。たとえば、昨オフのロジャー・クレメンスの例でいうと、アストロズの提示額1350万ドルに対し、クレメンスは2200万ドルを要求、調停員がクレメンス側の言い分に軍配を上げた結果、クレメンスは投手としての史上最高年俸を得ることに成功したのだった。

 年俸調停制度が、「勝ち負け」の裁定という、選手にとっても球団にとってもリスクが大きい制度としてデザインされているのは、調停に持ち込む前に双方が妥協することを奨励しているからだが、実際、調停に持ち込まれるケースは、要求額と提示額に大きな隔たりがある「もめた」ケースに限られるのが普通である。

 というわけで、もともとはFA資格を持たない選手に対する救済を意図した制度だったが、最近は、大物FA選手が調停制度を逆手に取って利用する例が増え、球団フロントを悩ませるようになっているので説明しよう。

 まず、球団は、FA資格を取得した選手と再契約の意思があることを「調停にかけましょうか」と申し入れることで表明することが義務づけられている。期限(今オフの場合は12月7日)までに調停の申し入れをしなかった場合、翌年5月1日までその選手と再契約できない決まりなので、調停の申し入れをしないという行為は、実質的には「縁切り宣言」するのと変わらない、と思っていただいてよい。一方、FA選手を他チームに奪われた場合、FA選手を失ったことに対する補償はドラフト上位指名権の付与で行われるが、調停の申し入れをしていなかった場合(つまり再契約の意思を表明していなかった場合)、その補償を受けられない仕組みとなっている。

 というわけで、複数年契約を要求している大物FAがいた場合、「再契約の意思はなくても形式的に調停を申し入れることでドラフト指名権の補償を得る」ということが習慣化していたのだが、最近は、「調停に応じましょう」と申し入れに同意する大物FAが現れ、フロントを悩ませるようになった。というのも、調停となった場合は自動的に単年契約となるので、これまでは、大物FAは「調停など不要」と申し入れを拒否するのが普通だったのだが、「調停で勝った場合、単年契約とはいっても、非常に高額の年俸を得ることが可能」となるので、複数年契約を断念してでも調停による高年俸を選ぶ選手が出てきたからである。

 たとえば、2002年のオフシーズン、ブレーブスは複数年契約を要求するグレッグ・マダックスに対し、再契約の意思はないのに調停を申し入れたが、球団の予想に反して、マダックスは申し入れに合意した。調停に負け、1500万ドルの年俸を払うことを余儀なくされたブレーブスは、もともと予算には組んでいなかったマダックスの高年俸を捻出するために、エースの一人、ケビン・ミルウッドをトレードに出さなければならない羽目に陥ってしまったのだった。この経験に懲りたブレーブスが、翌年のオフシーズン、「ドラフト指名権の補償などもういりません」と、マダックスに調停の申し入れをしなかったのは言うまでもない(結局、マダックスは3年契約でカブスに移籍した)。

 今オフも、「万が一調停に応じられると困る」事例で、申し入れをするかどうかの判断に頭を悩ませる球団が続出した。たとえば、アストロズが、ロジャー・クレメンスに対する調停申し入れを断念したのも、昨オフの調停で予想外の出費を強いられた手痛い体験が尾を引いたからである。また、ヤンキースは、結果としてバーニー・ウィリアムズに調停を申し入れたが、事前に「調停はしない」という合意を取りつけた上での「形式的」な申し入れだった(双方とも「縁切り」をする気はなく、交渉時間を稼ぐ必要があったのである)。一方、ライバルのレッドソックスは、トニー・グラファニーノが予想に反して調停に応じてしまったために、すでにトレードで獲得したマーク・ロレッタとあわせて「正二塁手が二人」という困った事態に陥ってしまった。

 というわけで、私は、常々、「日本のプロ野球と比べると、MLBはストーブ・リーグもはるかに面白い」と思っているのだが、年俸調停制度を巡る悲喜劇を見るのも、MLBストーブ・リーグの楽しみの一つとなっているのである。

関連記事

MLBの前後の記事

ページトップ