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松井大輔 欧州での試練を未来に生かせるか。 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

PROFILE

posted2007/05/31 23:41

腰の痛みで走れない日が次第に増えていった。

バラのシーズンにはまだ少し早い5月はじめのルマン。前夜の雨は、練習が始まる午前10時にはすっかりあがり、暖かい日差しが郊外にある練習場パンスナルディエールにも降りそそいでいる。

 フィジカルサーキット、4人1組でのパス練習、8対8のミニゲーム、2組に分かれてのシュート練習……。次々にメニューが消化されていく合間に、長身のブラジル人ストライカー、グラフィテが松井をからかう。遠目からだと、まるで大人と子供のじゃれあいのように見える。

 身長175cmの松井は、日本人としては決して小さくはない。だが試合ではさほど気にならない体格も、練習では何故かひときわ華奢に、まるで巨人国に迷いこんだガリバーのように映る。自分の倍はありそうな選手たちと一緒にやるのは、大変なことなのだろうなあと、グラフィテと戯れる彼を見ていて思う。

 「デカイから何だよって思ってますよ」と、屈託なく笑いながら松井は私の疑問に答えた。

 練習を終えた午後、われわれは市の中心ジャコバン広場に面したカフェでお茶を飲んだ。「また来たのか」と主人が歓迎してくれる。周囲の客が彼に気づいて声をかける。

 「デカイだけで機敏でもないしテクニックもない。試合では僕が一番巧いんだと、思うようにしています」

 そうはいってもフィジカルの差はボディブローのように徐々に効いてくる。テクニックと機敏さでどれだけ相手を翻弄しようとも、ボディコンタクトを完全には避けられない。シーズンを重ねるにつれ身体は疲労を蓄え、何かの機会にそれは表出する。

 松井の場合は腰だった。'06年8月26日のリーグ1第4節、オランピック・ドゥ・マルセイユ戦。開幕から好調を維持していたルマンが初黒星を喫した試合で、松井は屈強なロナルド・ズバルのタックルを受けて、身体ごと吹っ飛ばされた。それはまるで、ダンプと衝突した人間が弾き飛ばされたような強烈な当たりで、彼は腰をしたたかに強打する。

 「これまでも腰の痛みはあったけれども、2~3日たてば引いていた。ところが今回は、毎朝起きると痛みで身体が固まっていて、しばらくほぐしているうちに、ようやく動けるようになる。こんなことははじめてでした」

 苦境はここからはじまった。痛み止めを飲み、身体をだましながらプレーを続けるが、やがて薬も効かなくなり、苦痛で走れない日が次第に増えていく。

 「今季はこれで終わってしまうのかなあと思うと、ちょっと辛かった。それなら一度日本に戻って、ちゃんと検査を受けようと」

 そう思い始めた矢先に、リヨン戦でさらに状態を悪化させてしまったのだった。

 「腰痛が回復してからのダイは、出来があまりよくなかった。第10節のサンテチェンヌ戦では交代で出た後に、いきなり彼のミスからボールを失いゴールを奪われた。フレデリック・アンツ監督がCFA(4部リーグ=リザーブチームがある)に彼を行かせたのはその後だ」と、ジャック・エベールは語る。

 フランス最大の発行部数を誇るウエスト・フランス紙で長くルマンを担当するエベールは、まさにクラブに関する生き字引である。

 第35節のナント戦を翌日に控え、非公開練習後の監督会見を待つ間、彼はその後の松井の様子を私に説明してくれた。

 冬休みに日本に戻り、綿密な検査を受けた彼の腰は、ストレッチボールによるトレーニングで急速に回復し、2月末にはほとんど痛みがなくなるまでになる。ところが復帰はしたものの、長期離脱の影響は大きかった。

(続きは Number679号 で)

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