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松井大輔 難局にこそ活きるドリブラー。 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

PROFILE

posted2006/03/23 00:00

 「ダイ(松井の愛称)はトップ下でよくやっていた。問題は周囲の動きで、ゲームメイカーとしての彼の資質ではない。たしかに今日は少し動きが鈍かったが、いいプレーもあった」と、監督のフレデリック・アンツはそれでも松井を評価した。

 チームがここまで目一杯やってきていること。その疲れがそろそろピークに達しようとしていること。松井もまた例外ではないことを、アンツは敏感に感じ取っていた。

 「これ以上負けられないから僕らも必死だったよ」と、松井をマークしたゾコラは言う。

 「彼にボールが収まるとやっかいだから、僕も本気で潰しにかかった。手ごわい相手だからね」

 スタンドで静かに観戦したジーコは、無用の混乱を避けるため、後半30分過ぎにひと言もコメントを残さずスタジアムを後にした。それから3日後、彼はワールドカップ前の最後の欧州組のテストとなるボスニア・ヘルツェゴビナ戦で、ついに松井をピッチに送り出そうとはしなかった。

 1点のビハインド。中盤は人が入り乱れてボールが回らず、逆に両サイドは大きくスペースが空いている。状況打開のために、サイドアタッカーを投入する絶好の機会にそれをしなかったのは、ルマン対サンテティエンヌ戦へのジーコの無言の回答とも受けとれた。

ルマンで得たゆるぎない自信が松井を支えている。

 だがルマンのカフェで再会した松井が口にしたのは、出場しなかった代表戦ではなく、サンテティエンヌ戦の悔しさ、トップ下でプレーすることの難しさであった。

 「(トップ下は)犠牲になるポジションなんで厳しいしなかなか前を向けない。ディフェンスとボランチの間でボールをもらうのはかなり難しくて、パスはスルーパスしか狙えず突破も出来ない。ボールを持てばガーンと当たられて、自分らしいプレーがひとつもできなかったのが歯がゆかったです」

 ポジションチェンジしてサイドに流れたときは、傍目にも生き生きとプレーしている。ところが厳しいプレッシャーのなかでは、サイドと同じように仕掛けられなかったのが、彼は悔しかった。ボールを持つことを否定されがちな日本と決別し、ボールを持って勝負することにこだわり続けるためにフランスに渡った松井にとって、それは矜持の問題でもあった。

 「日本はなんかこう同じ選手を作っている感じで面白くないですよね。教科書にあったような選手をみんなで作っていて。まあそれはそれでいいと思うけど」

 教科書にはないプレーを、いかにプレッシャーのなかで発揮するか。それは今日ではジダンやロナウジーニョなどごく一部の天才にのみ許された特権であり、その権利を得るのは容易なことではない。

 「今まではフィジカルだけケアすればよかったけど、もっと頭を使ったり、身体でいろいろなことを覚えていかないと」

 1部のディフェンダーは2部ほど荒削りで当たりが激しくないから、むしろ楽。昇格した当初はそう言って憚らなかった松井も、1部上位チームの守備の厳しさは認めざるを得なかった。

 「球際の激しさはどこも共通しているけど、パリSGだったらちょっとボールを離すとすぐにスライディングが来る。サンテティエンヌはプレッシャーがきつくて、中盤をコンパクトにしてスペースを埋めてくる。下位のチームはゆっくり持たせてくれたりとか、チームによって特徴があることがやっとわかってきました」

 それは2部でプレーしていた当時には、想像できない世界でもあった。

(続きは Number649号 で)

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松井大輔

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