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桜庭和志、総合を変革した男。
text by
石塚隆Takashi Ishizuka
photograph byMaki Fukatsu
posted2008/05/15 17:36
「桜庭さんと試合やスパーリングをした人はみんな言いますよ。“どうやってやられたのか分からない……”って。体験した人にしか分からない、説明しにくい強さが桜庭さんにはあるんです」
こう語るのは、かつてUFCやリングス、PRIDEで活躍した日本総合格闘技界のパイオニアであり“世界のTK”と異名をとった高阪剛である。高阪は、桜庭と幾度となくスパーリングで肌を合わせている。
「技術的なことを言えば、桜庭さんは技を散らすのがとても巧いんです。例えば、いかにも“腕十字に行くぞ”という分かりやすく単調な攻撃ではなく、脇を差したり、首を狙ったり他のことをいろいろやってきて、最終的には腕十字にセットアップがされてしまう状況を作ってしまう。つまり、技にたどりつくまでの過程が、当時寝技の主流だった柔術とはちがったんです。柔術にはベーシックな部分があって絶対と言っていいほどセオリーどおりに攻めてくるけど、桜庭さんはそうじゃなかった。いわば、セオリーやパターンがないんです」
かつて桜庭が見せていた側転パスガードやモンゴリアンチョップ、そして2000年8月に対戦したヘンゾ・グレイシーに極めたバックを奪われてからの切り返しのアームロックなどは、当時の柔術を中心とした総合格闘技の常識にはない動きだった。
「“最後は何となく関節技”というだけで、他には決まり事はないんです。桜庭さんは、とにかく人の裏をかこうとする。対峙したイメージとしては、まとわりついてくるというか、気配として互いの距離が近くてとてもイヤな感じなんです」
そう言うと、高阪は本当にうんざりしたような顔をしてつづけた。
「ガンガンッて激しく当たってくる感じではなく、常に触れられている雰囲気。まずこっちが間をおこうとすると不意にスッと入ってきて距離を詰めてくる。そこで気が抜けないからちゃんとやろうとすると急に殴ってきて、次に殴り返そうとすると今度はタックルされて後ろにまわられている……。気持ちを切り替えたり、リセットする時間をくれないんです。で、気づくと腕十字に入る準備をもうしている」
魅せることと真剣勝負をPRIDEで両立させた。
高阪は、強さの源を若き日を過ごしたUWFインターナショナル時代の賜物ではないかと推測している。
「パターンがないとしても、もちろんベーシックな部分なしではこのような戦い方は不可能です。あの頃は、腕十字とか極めた最終的な形だけは分かっていたけど、技を極めるまでの途中経過なんて誰も教えてくれない時代だったはず。それを道場で仲間とスパーリングをしながら、“腕十字は膝を絞めなきゃダメだ” とか“チョークスリーパーは腕じゃなく背中で絞めなきゃ極まらない”とか実際に模索し、体感して地道に努力した上で学んでいった。そういった土台が桜庭さんからは感じられるんですよ。だからこそ桜庭さんは、“スキップ”ができるんです。“スキップ”というのは簡単に言えば、急に派手な技をやったり、プロセスが見えないまま関節技を極めたりすることです」