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《日本陸上界の超人を支えるプロジェクト》十種競技・右代啓祐(38歳)「もういっちょ頑張る」プロフェッショナルたちと歩む挑戦の軌跡
posted2025/03/18 11:00

陸上十種競技の第一人者・右代啓祐
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
AFLO
残されたのは得がたい糧だった――陸上十種競技の第一人者、右代啓祐がチームと歩んだのは、まさにそう言える時間だった。
十種競技は、「走る・跳ぶ・投げる」を網羅する10の種目の総合力で競う。その苛酷さもあり勝者は「キング・オブ・アスリート」として称えられるが、日本の十種競技の歴史を塗り替えてきたのが右代だ。日本選手で初めて8000点を超え、2012年ロンドン大会で、日本選手として48年ぶりに大舞台出場を果たし、2016年リオデジャネイロ大会にも出場している。
38歳の今に至るまで第一線で活躍する右代だが、挫折に直面したこともある。2021年東京大会出場を逃したことだ。年齢は30代半ばにさしかかっていた。自身の可能性を疑い、引退も脳裏をよぎった。
そのとき手を差し伸べてくれたのがアスリートを栄養面からサポートする味の素株式会社『ビクトリープロジェクト』のチームリーダー栗原秀文だった。同社主催のイベントで会うと、右代の人間性に魅せられ、栗原は再起の手助けをしたいと考えた。
当初は栄養面のサポートから始まったが、よりパフォーマンスを上げるには他のアプローチも重要だと考えた。そこにはこのような動機もあった。栗原は陸上関係者に「日本に十種競技の教科書は?」と尋ねると「右代啓祐が教科書です」と返ってくることに衝撃を受け、右代のサポートにより十種競技の礎を築くことは日本陸上界のためにもなると考えたのだ。栗原は各分野の専門家を招聘する。「チーム啓祐」の誕生だった。その一人、元・ボブスレー日本代表監督で本チームのテクニカルアドバイザーを務める石井和男は振り返る。
「取り組み始めて気づいたのは、体は一級品だが出力に左右差があったり技術はチグハグな状態であること。日本記録を出したときから、徐々に時間をかけて崩れていってしまったことも分かりました。単なる技術的な改善だけでなく、思考の変化も含めてじっくり付き合ってサポートしていかなければならないと感じていました」
プロの真摯な取り組みが生んだ財産
データや動作解析とともにトレーニング、フォームの改善や向上を志した。右代が苦手とする走る種目にも新たに取り組んだ。
「自分が向き合いきれていなかった部分に対して、逃げ場を作らずに向き合わせてくれたことはすごく助かりました」(右代)
チームは多くの時間を共にした。その中でミーティングという形式にとらわれず率直に会話を重ねた。信頼関係を培うことができたのは右代の進化を期して集まったプロフェッショナルたちの誠実さであり、右代というアスリートの持つ魅力と人柄、何よりも競技へ向かう姿勢であった。パフォーマンスディレクターの三富陽輔は言う。
「メニューやアドバイスを素直に受け入れるだけでなく、すごく嬉しそうにやってくれるところはとても印象的でした」
その集大成となる昨年6月の日本選手権では7204点。目指していた8000点には届かなかった。でも、試合を終えて報道のカメラが囲む中、チームのメンバーを前に右代は力強く言葉を放った。
「こんなに頑張れたから、もういっちょ頑張る」
一度は引退を思いもした。肉体的なピークを思えば退いていても不思議はなかった。それでも「頑張る」と言える。最高のチームと歩み未開拓の部分があることに気づき、アスリートの本能たる「挑戦」に新たに取り組むことで得た境地だった。
右代ばかりではない。動作解析や分析を担った工学博士の柿木克之は陸上競技での測定はまだ確立されていないと指摘したあと、こう話している。
「右代選手とのプロジェクトは、どのように既存のセンサーを使って“計測”ができるのかを仮説を立てながら実践し、フィードバックできる機会にもなりました」
石井は参加するとき、右代の年齢やそれまでの怪我を聞いてネガティブな考えを抱いていた。 でもチームの誰もが「絶対にいける」「年齢なんて関係ない」と信じていた。その中で過ごすうちに「そんな選手でも絶対に目標の場所に連れていけると自信が湧いてくるような経験になった」と振り返る。
「この『チーム啓祐』での経験で得たものはとてつもなく大きい。今はこの経験を無駄にせず今後に活かしていきたいという気持ちでいっぱいです」
多くのアスリートに携わる栗原は「この仕事はサポートしているようでサポートされている部分もある」と感じてきたという。
「サポートをすることによって自分の能力を高めてくれていることもあるし、自分が挫けたときには選手が助けてくれることもある。『チーム啓祐』でもそういった関係が何度もありました。『チーム啓祐』がどうしてここまで心地よく全力を尽くせたのか。これからに向けて、ビクトリープロジェクトとしてももう少し深く考えて理解していきたいと思っています」
栄養という領域を超えてのサポートもまた挑戦であった。その日々で得たものは、今後の栄養サポートのあり方への還元は言うに及ばず、サポートを進化させるための貴重な糧を得る時間だった。

2003年からスタートした「ビクトリープロジェクト®」は、日本代表選手およびその候補選手を対象とした、国際競技力向上およびメダル獲得図数増の為の『食とアミノ酸』によるコンディショニングサポート活動です。
