珠玉の1敗BACK NUMBER
乙黒拓斗――東京五輪の金メダルに繋がった最悪の日。
posted2022/07/12 07:00
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
AFLO
第一線で活躍するアスリートは、敗戦から何を学ぶのか――。東京五輪のレスリング金メダリストが挙げたのは、その2年前、カザフでの世界選手権で喫した“まさかの3回戦負け”だった。
【Defeated Game】
2019年9月19日 レスリング世界選手権
男子フリースタイル65kg級 3回戦
ガジムラド・ラシドフ○ 8-1 ●乙黒拓斗
◇
自他ともに認める超がつくほどの負けず嫌い。そもそも乙黒拓斗には負けた経験が圧倒的に少ないうえ、勝ち癖をつけるために「ジャンケンも絶対負けたくないんです」というほどである。
勝てばノッていけるが、負けた自分は想像できない。脆弱だった敗北に対する耐性を引き上げたことが、東京オリンピックのレスリング男子フリースタイル65kg級金メダルへとつながった。
そんな彼は「珠玉の1敗」に、2019年9月にカザフスタンで開催された世界選手権を挙げる。3回戦でガジムラド・ラシドフ(ロシア)に敗れ、2連覇が消滅するとともに東京オリンピック内定にも届かずに絶望を感じたあの一戦――。
不思議な感覚に襲われていた。強敵のラシドフが目の前にいるのに、闘争心のスイッチが入らないのだ。
「相手は下の階級で実績もあったし、いずれ当たるなとは思っていました。守備が強くて、隙があんまりないイメージ。ただ(対峙してみたら)自分が攻めるイメージがまったく湧かない。いつもなら頭に何とおりも浮かぶのに、ほぼないに等しい。俺、どうしちゃったんだろう? と。心ここにあらずってこういうことなんだなって思ったくらい、何だかフワフワしていました」