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「監督の指示を待つ野球は面白くない」優勝候補を撃破→東北ベスト4…“ノーサイン野球”弘前学院聖愛は、なぜ結果を出せるのか
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byGenki Taguchi
posted2022/06/16 06:00
東北大会でベスト4。弘前学院聖愛は「ノーサイン野球」の成果を証明した
「考える力」を表す1つのプレー
それは、野球におけるボーンヘッドから始まった。2アウト二塁から高木優斗の打球が左中間を破る。長打コースのためランナーの工藤遼大は勝ち越しのホームを楽々踏めるはずが、その間近で急に踵を返し三塁へと戻っていく。そう、彼はベースを踏み忘れたことに気づいたのである。
「三塁ベースを踏み直した時『やばいな』って焦りはあったんですけど、『ギリギリ行けそうだから行こう』って決めました」
工藤の見立て通り、ホームへの再突入はクロスプレーとなりながらもセーフだった。
このプレーを「ミス」で終わらせたのであれば、おそらくは三塁ベースを踏み直した時点でホームへの突入は自重していただろう。だが、工藤は前に進んだ。「ギリギリでも行ける」という自分の考えを尊重したのである。
「何してんだよ!」
監督の原田に一瞬だけ怒気が湧き起こったが、工藤のキャラクターをすぐさま顧みて「よく踏み直した」と好判断を評価した。
「ベースを踏み忘れていたとしても、あの場面なら行っちゃいそうですけどね。工藤は素直で冷静な子なんですよ。去年の夏に優勝した瞬間も、みんながマウンドで集まってるところ独り離れて喜んでいて。『なんで一緒に行かないんだ?』って聞いたら、『いや、密になるじゃないですか』って(笑)」
「監督の指示を待つ野球は面白くないんで」
弘前学院聖愛の以心伝心は、なにも選手たちだけの専売特許ではない。監督が個々の気質、プレースタイルを仔細に把握し、選手たちがそれを理解してプレーできているからこそ、ミスも成果に転換させられる。
「グラウンドの監督」と呼ばれるキャッチャーを務める工藤天晴が、簡潔に、それでいて選手たちの意識を代弁しているようだった。
「監督の指示を待つ野球は面白くないんで」
何かと独り歩きや誤解が多い弘前学院聖愛の個性について、「言い過ぎちゃうと反響が大きい」といった監督のざっくばらんなコメントを含め、「記事にしていいか?」と確認を取ると、原田は「別にいいですよ」と嫌そうなそぶりを見せずに快諾してくれた。
「いろんなご意見があるのは理解してますから。叩かれることもあるでしょうけど、僕も選手も信念を持ってますんで。このスタイルは貫いていきますよ」
監督の顔色を窺い、改めて気づかされた。
弘前学院聖愛のノーサイン野球。その強く、温かな息づかいを。
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